第35話 紹介

 そして土曜日、瀬戸さんは紙袋に入った菓子折りを持ってやって来た。


 玄関で応対した私は、


「菓子折りなんていいのに」

「ご両親にお会いするのに手ぶらは駄目かなって」


 さらに化粧も服装もバッチリだった。万人受けの清楚系美人。これなら母も変に身構えないだろう。


「ウチの親に娘さんくださいって言う気なの?」

「言わないわよ。てか何よそれ。ま、でも、好感度は上げておかなきゃあ駄目かな」

「ちなみに父は仕事で今は母がいる」

「お母様とお話すればいいのね」

「様はいらない」

「ご母堂と」

「普通に! 瀬戸さん、緊張してる?」

「ご両親にではなく、メメちゃんに会えるかもと思うと……ちょっとね」

「いや、会えないから。妹はお出かけ中」

「そ、そうなの? それは残念ね」


 瀬戸さんは肩を落とす。


「というかあなたが言ったんでしょ。メメに会うとヤバくなるって」

「鵜呑みにしないでしょ」


 と言い、瀬戸さんは不満そうに唇を尖らす。


「いやあ、今のテンションもヤバいような。いつもらしく振る舞ってよ」

「いつも通りというと?」

「カースト下位を見下すような」


 私は自分の目尻を吊り上げ、こんな感じと教える。


「見下しとかしないし。そんな目つきしないし」

「あっ、今日は下の名前で呼んで?」

「どうして?」

「ほら、皆、宮下だし。宮下さんだと誰に言ってるか分かんないし」

「ああ! そっか」

「だから千鶴でいいから」


  ◯


「あら、あなたが瀬戸さんね」

「はい。瀬戸真里亞と申します」


 リビングで瀬戸さんは丁重にお辞儀をする。


「千鶴が連れてくるって言うから、どういう子かと思ったけど。美人さんね」


 母が明るく言う。


「だから言ったでしょ。陽キャでカースト上位の人だって」

「千鶴さん、そんなんじゃないよ。普通だからね」

「はいはい。あ、これ瀬戸さんから」


 私は紙袋を母に渡す。


「つまらない物ですがどうぞ」

「あらあら、お気遣いどうも」


  ◯


「ここが千鶴さんの部屋か……隣はメメちゃん?」

「うん。佳奈の部屋」

「佳奈! メメちゃんの本名!?」

「う、うん。言っちゃあ駄目だっけ?」

「そんなことはないよ。あくまで千鶴さんの妹さんだし」


 瀬戸さんは壁に耳を当てる。


「……何してるの?」

「あ!? ううん。なんでもない。ちょっと音が聞こえるかなって……」

「佳奈は出かけてるから部屋にはいないよ」

「分かってる。分かってる。でもさ、つい……」

「本当はヤバい人なんだね」

「違う。違う」


 そこでドアがノックされた。


「何?」


 ドアを開けると母がいて、ジュースと茶菓子を乗せた盆を持っていた。


「ああ。ジュースね」


 私はお盆を受け取り、テーブルに置く。スーパーで売ってないような知らないお菓子があった。たぶん瀬戸さんが持ってきたものだろう。


 その瀬戸さんは母にお辞儀をしていた。


「瀬戸さん、ここ座って」

「あ、うん」


 私は瀬戸さんの向かいになるよう座り、私の隣に母が座る。


「瀬戸さんは何学部なのかしら?」

「商学部です」

「そう。で、佳奈のファンなんですって?」


 下手かよ。いきなり聞く?


「はい。正確にはVtuber赤羽メメさんのファンです」

「それでどのようにして、この子がオルタだとお気づきに?」


 すでに私から聞いているはずだが、母は瀬戸さんに尋ねる。


「まずは声です。声が千鶴さんとそっくりなんです。オルタちゃんは声を作っていないことか地声であると判断しました。それと配信事故当時、レポート作成。そして特有の着信音、豆田さんと仰ったこと。でも、この時はまだ千鶴さんとは確定はできていません。あくまで候補でした」


 そして瀬戸さんは一拍置き、


「次に青いハーブティーの件です。佳奈さんが配信で仰ったこと、それとSNSの写真からも千鶴さんと特定できる要素はありました。それと購入時は私もいました。それとその時に喉を痛めたことも知っておりました」

「なるほどね」

「偶然が重ね合わさって、私は千鶴さんに行きつきました」

「それは他の人もオルタが千鶴と特定できるかしら?」


 母が不安そうに聞く。


「いえ、たぶんそれは無理かと思われます」


 瀬戸さんは首を横に振って否定する。


「まずレポートの件を知るには大学内の者だけかと。それと生協の青いハーブティーを知る人も少ないですし。それに購入時、そこに私もいたからこそ気づくことができたのです」

「……ちなみに千鶴とはつい最近に知り合ったとお聞きしましたけど、近づいたのはオルタだと分かって?」

「いえ、違います」

「それであなたはこの件を他の人には?」

「言ってません。そして他の人に言うつもりはありません」


 瀬戸さんはきっぱりと即答した。


「では最後にあなたはどうしてこの子にオルタだと聞いたの? 黙るという選択肢はなかったの?」


 それは質問というよりか詰問だった。


「勿論、黙っておくという選択肢はありました。でも、ここ最近はメメちゃんとオルタちゃんの差がひどくなってきたので心配になったからです」


 それは私も初耳。私には配信が下手だから心配と言っていたけど。これは作り話かな?


「差が?」

「はい。今ではオルタちゃん狙いで他のVtuberが近づき、さらに掲示板やSNSでもオルタ推しが増え、ついこの前の配信では『オルタが出ないならいっか』という人も現れた始末。これでオルタちゃんにメメちゃんが喰われると心配したんです」


 そして瀬戸さんは私に目配せをする。


「うん。ここ最近、おかしくてね」


 と私は相槌を打つ。


「……そう。分かりました。瀬戸さんがこんなにも2人を心配してくれていて助かります」

「いえいえ、そんな。私なんて全然。たいした助言も出来なくて」


 あわわと瀬戸さんは慌てふためく。


「千鶴とはこれからも仲良くしてあげてね」

「はい」


 母は大きく息を吐いた。そしてほっとしたように、


「良かったわ。瀬戸さんが真面目な子で」


 ……すまない。母よ。この人は先程、壁に耳を当てていたのだよ。それを言えばまたややこしくなりそうなので私は黙っておく。


「それじゃあ、私はこれで。ゆっくりしていってね」


 と言い、母は部屋を出た。


 そして階段を下りる音を聞いて、母が遠くへ行ったと知ると瀬戸さんは、「ふう。疲れた」と息を吐いた。


「お疲れ様。まあ、これでうるさくは言わないでしょうね」

「でも、妹さんやお父さんは?」

「母が大丈夫って言うなら文句を言わないでしょ?」

「そっか」

「スロッチでもする?」


 佳奈の部屋から私はスロッチを持ってきていた。


「千鶴さんはペイベックスのハリカーイベントには出るの?」

「私は出ないよ。それはメメが出るから」


 オルタはメメの別側面で完全個人としてはアバターがあるわけではないのだ。だから1人が出るともう1人は出られないことになっている。


「それにしても千鶴さんがハリカー全国大会出場選手だったなんて驚きね」


 私はこの前、電話にて私がかつてハリカー全国大会に出場予定だったことを話していた。そしてその時に嫌がらせがあったことも。


「予選だけだよ。本戦は中止だよ」

「その本戦だけど、天野も出場予定だったのよ。知ってた?」

「え!? そうなの!?」


 あの天野さんが!?

 意外。てことは予選で戦ったということか。


「しかも2位だったのよ」

「えー!?」

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