第33話 鍋
レッスンが終わり、私は鈴音さんが運転する車でコテージまで送ってもらうことになった。
「明日はフェスで休みなんだっけ?」
鈴音さんが運転しながら私に聞く。
「はい。富士フェスに。鈴音さん達もお休みですか?」
「私はダンスレッスン。夏希はゲーム実況の配信」
それって車椅子の夏希さん独りになるのでは?
「ああ。ホテルにはマネージャーがいるので」
私の心配を読み取って鈴音さんが答える。
「そうなんですか」
「別に私は一人で大丈夫なんだけどね」
と夏希さんは頬杖をついて言う。
「もう。何強気に言ってるのよ」
「ホテルの一室だもん。トイレ移動も難しくないし」
確かに外に出なければ、いいなら問題も少ないはず。
「あ、あの、鈴音さん達はホテルなんですか?」
「私と夏希だけだしね。そっちはコテージだっけ。いいわね」
「いえいえ、着いた時は埃やらで掃除でしたよ」
「使われてないコテージは埃が溜まりやすいからね」
「私達もホテルが良かったですよ」
「私はコテージの方が良かったわ。ホテルだとどうしても仕事って感じがして嫌だわ」
夏希さんが溜め息交じりに言う。
◯
「送っていただきありがとうございました」
そしてコテージに着いて、私は鈴音さん達に礼を言って車を降りた。
玄関ドアを開けてコテージに入るとなにやらリビングが騒がしかった。
「どうしたの?」
私はリビングに入って皆に聞く。
「あっ、お姉ちゃん、おかえり」
「ただいま。で、何なの?」
「今夜の鍋料理について議論してたの」
「鍋料理?」
「千鶴は寄せ鍋とキムチ鍋でどっちが食べたい?」
ハルコさんが私に詰め寄る。
「え?」
「キムチよね?」
次は海さんが問う。
「今、寄せ鍋かキムチ鍋で二人が言い争ってるのよ。で、多数決で決めようとしたんだけど同票になってしまったのよ」
と葵さんが説明する。
「はあ」
「「で、どっち?」」
「ええと……あっ! キムチだと今夜の配信に影響があるのでは?」
「「あっ!」」
「それともう一つ気付いたのですが、この人数で一つの鍋を突っつくのは大変かと」
全員で七名。それを一つの鍋で突っつくのきつくないか?
「そうですね。それじゃあ、もう一つ鍋を用意しましょう」
福原さんが言う。
「もう一つ鍋ある?」
「私、下の棚にあるのを見ましたよ」
佳奈がキッチンの棚を指す。
「じゃあ、もう一つはキムチ鍋にしよう」
「だから配信があるからキムチ鍋は無理だって」
海さんの提案に葵さんが突っ込みを入れます。
その後、福原さん、照さん、葵さんが買い出しに行き、残りは今夜の配信のチェックと明日の富士フェスに出かける準備をしました。
「ねえ、今夜のゲームタイトルは何?」
ホラー系をやると聞いていたけど、ゲーム名は聞いてなかったので私は佳奈に聞いた。
「『ポケットゴースト』だよ」
「それって悪霊を封印しに行ったり、悪霊を悪霊で倒したりとかするやつだよね?」
「そうそう」
「やったことないけど、それって子供向けのやつだよね?」
小学校の時、流行ってて、実写映画化までしたやつだ。私はゲームはしたことないが映画を佳奈と観に行った覚えがある。
「葵がホラー苦手だからね。なるべく柔らかめのやつを選んだんだよ」
◯
ダイニングテーブルには寄せ鍋、リビングのテーブルには水炊き鍋。
私、照さん、海さんは水炊き鍋。
佳奈、葵さん、ハルコさん、福原さんは寄せ鍋。
「いやあ、ゆず入りポン酢があって助かったよ。私、これがないとダメなんだよ」
照さんがそう言ってから豚肉を頬張る。
「ずっとゆず入りを探し回ってたのよ。棚にないから諦めなと言ったのに店員にまで聞いてさ」
ダイニング側から葵さんが言う。
「でも、見つからなかったんですよね?」
「どこにあったと思う?」
照さんが私に問う。
「う〜ん。調味料の棚にないとするなら……豚肉のコーナーですかね?」
よく棚の隅に調味料が置いているのを見かける。
「そうそこ! で、なんとか手に入れたのよ。良かった良かった」
「別に同じじゃないの?」
ハルコさんが聞く。
「全然違うよ。普通のポン酢はしょっぱいんだから」
「それは私も分かりますよ。ウチもゆず入りのポン酢ですから」
「それじゃあ、ちょっと試しに」
とハルコさんは棚から皿を一つ取り出して、こちらへと移動。取り出した皿にゆず入りポン酢を少し入れ、そこに鍋から豚肉を箸で摘んでゆず入りポン酢の皿に浸す。
「ちょっと! そっちの肉で試しなさいよ!」
照さんが怒る。
「あっちは寄せ鍋の味が染み込んじゃったし……んっ! 確かにゆずだ。しょっぱくない。むしろすっぱい?」
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