第32話 歌声【駒沢鈴音】
声には色々ある。
性として男性、女性、中性。
齢として老人、大人、中高生、子供。
その他に性格や感情、声質として高音低音、ハスキー、ダミ声、ウィスパー、金切り声、アニメ声などにより細分化される。
そしてそれら声は曲によって合う合わないがある。
そして赤羽メメ・オルタこと宮下千鶴は地声で『スーパーカー』を上手に歌った。
宮下千鶴の歌声には以前からエンジニアの竹原さんと妹からは直接的ではないが、何かがあるようなことは伝わっていた。
だけどここ最近、彼女といて、本当に何かを持っているのか疑わしかった。練習曲も普通だったし、特徴があるわけでもなかった。
けれど、今、彼女の歌声を聴いて、私は全身がざわついた。
前に竹原さんが歌声のための曲なんて言っていた。
まさにそうだとしかいえない。
歌声を生かすための曲。
この曲は五浦宇宙の曲だが、彼女が歌うとそれはもう彼女の曲だった。
「……ものにしている」
私はぽつりと呟いていた。
呟いたことを自覚してすぐに口を閉じる。
練習中は黙るのがマナー。練習の邪魔をしてはいけない。
しかし、どうしてこうも違うのか?
練習曲は普通だった。
それなのに五浦宇宙の『スーパーカー』の時だけ歌声が違うのか?
いや、違う。たいして変わってはいない。地声だ。変に声を変えたりはしていない。
ならマッチしているということか?
声質によってはマッチする歌がある。つまりそういうことだろうか?
宮下千鶴さんの場合は中性的な曲が彼女の歌声とマッチするということか。
「えっと、どう……でしたか?」
千鶴さんが先生に自信なさげに伺う。
◯
何がびっくりって、本人がその歌声に自覚していないということだ。
そういえば、自分で聞く自分の声は他人とは違うという。
それで本人は地声というのを自覚していないのか。カラオケもあまり言ったことがないと聞く。
今は夏希がライブで歌う曲を歌っている。
(いつもより走っている)
変に意識してしまっているのか、肩張っている。
その原因は私の隣で夏希の歌を聴いている千鶴さんだ。千鶴さんは目を光らせて聴いている。これで聴き入るのだから耳は肥えていないらしい。
そして夏希が歌い終わってすぐに、「すみません」と先生に謝った。
「次は肩の力を抜いて」
「はい」
それを聞いて、千鶴さんが私に小声で「あれで駄目ってシビアですね」と言う。
「納得出来ないからでしょ」
それから夏希が3回ほど歌って休憩となり、また千鶴さんの番かなと思っていたら先生が、
「では、鈴音さんも歌ってみましょうか?」
「私ですか?」
急な提案に私は驚いた。
「歌いたいでしょ?」
先生がニヤリと笑う。
(ああ、バレてたか)
千鶴さんの歌聴いて私はうずうずしていた。
私も歌いたいと。
あんな風に歌いたいと。
私は感化されていたのだ。
「はい」
「曲は?」
「私も五浦宇宙の『スーパーカー』で」
夏希が息を呑んだのが視界に入った。
逆に千鶴さんは特に気にしていなかった。
(まったく。無自覚とはいえ、とんだ人ね。いいわ。聴かせてあげる!)
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