第31話 課題曲
私と夏希さんは練習曲を歌い終わり、その後に一つ休憩を挟んでから練習が再開された。
「では、千鶴さんはテストの課題曲を練習しましょうか。
「はい」
とうとう課題曲の練習か。
私はこの曲で合宿後にテストを受け、その合否によってライブに出るかどうかが決定する。
さらにライブで歌う曲もこの『スーパーカー』。
課題曲の練習のはずだが、なぜか先生は2枚のプリントを見比べて何やら悩んでいる。
1枚は歌詞カードであろうと思うのだけど。もう1枚はなんだろう? そしてどうして悩むのか?
しばらくして、
「まずは貴女の実力を知りたいから、歌ってみてくれる?」
と、先生は私に歌詞カードの方を差し向ける。
「分かりました」
目端で夏希さんが鈴音さんに何やら耳打ちをしていたのが目に入った。
(なんだろう?)
先生がオーディオ機器を操作し、曲が流れ始める。
この曲は前回のテスト以来歌っていない。というか合宿後にもう一度テストがあり、さらに課題曲がこの曲であることすら昨日知ったくらいだ。
でも、今なら前より上手く歌えるはず。
あれからボイトレの練習をしたんだ。
姿勢をきちんと正し、前を見据える。
曲に合わせて、腹式呼吸を意識して歌声を吐き出す。
はっきりとリズムを合わせ、そしてビブラートやこぶしを使う。
教わったことをきちんと理解して。
◯
歌い終わって、先生を伺うが口を半開きにして、眉を寄せて、視線を少し下げていた。
それはどういう意味の表情なのか。
下手だった?
もしくは上手?
ちらりと夏希さん達を伺うと夏希さんはただじっとこちらを見つめていて、鈴音さんは先生と同じ顔をしていた。
そして時が動いて先生は、
「……次はこの歌詞カードを見て歌ってみて」
「はい」
もう1枚のプリントを受け取ったとき、先生がぽつりと呟く。
「びっくりなものね」
「え?」
「なんでもないわ」
と先生はにっこりと笑う。
「はあ」
もう1枚の歌詞カードを見ると歌詞の頭に『次は声を寄せずに自分の声で』と書かれてあった。
さっき私は五浦宇宙の歌声に寄せて歌っていた。それではなく、自分の声で歌えと書かれている。
そういえば夏希さんにも自分の声で歌ってみればとか言われた。
「ん〜、自分の声か」
つい声に出してしまっていた。
「そうよ。五浦に寄せずにね。自分の声で歌ってね。寄せることは良いことでもあるけど、それだとモノマネだからね」
と先生がオーディオ機器を操作しながら言う。
頭のメッセージ以外は『ここは強く』とか『がなり』とあった。
(がなり? ……がなり声のこと? つまり怒ってる感じかな?)
「さて、準備はいいかな?」
「あっ、はい」
そしてまた五浦宇宙の『スーパーカー』が流れ、私はまた曲に合わせて歌う。
今度は自分の声で。
◯
歌い終わり、私は周りの反応を伺う。
先生は面白そうな顔を、夏希さんは険しく、鈴音さんは目を見開いていた。
皆、違った表情をするので歌の評価が分かりにくいのだけど。
「えっと、どう……でしたか?」
私は先生におそるおそる尋ねる。先生は面白そうな顔をしていたけど、それって下手ってことかな?
「良いよ」
しかし、私の予想に反して良い評価を得られた。
「上手に歌えてましたか? 五浦に寄せずに私の声で歌ったのですけど」
「寄せる必要はないわ。貴女の声でも味があったわ」
「味……ですか?」
「ええ。貴女は地声で歌うべきよ。下手に寄せる必要はないわ」
「そうですか?」
「勿論、曲によっては寄せる必要があるけど、寄せる必要のない曲は地声で歌いなさい」
「地声。ちなみにどんな曲が?」
「中性的な声を必要とする歌かな。五浦宇宙とかね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます