第30話 合宿3日目
「昨夜の配信面白かったよ」
翌日、レッスンスタジオにて鈴音さんに開口一番に言われた。
「ありがとうございます」
「惜しかったよね。あと少しでエリアボス倒せたのに」
「あれは悔しかったですね」
「どうして再挑戦しなかったの?」
「レッスンが朝からありましたし」
エリアボスにやられた時が深夜を回っていて、再挑戦となると深夜2時を越えそうだったのだ。
「あー、そうだね。喉の調子は大丈夫?」
「私はあまり叫ばなかったので問題はないです」
「千鶴さんはまったく声を変えずに地声でやってたのね」
「声を変えるという技術はもっていないので?」
「そう? 猫撫で声やぶりっ子、高飛車な声とかあるじゃない?」
「いやあ、そういうのってあまりやったことないので」
「でも歌うときは声を変えてるじゃない」
夏希さんが言う。
「あれはなんかそういう風に歌わないと駄目かなって考えて似せているんです」
「……ふうん。それじゃあ、似せるではなく、地声で歌ってみたら」
「地声ですか?」
「ま、似せるのもすごいと思うけどさ。アイドルなら自分の声で歌わないと。オリジナルの曲の時は大変よ」
「私、オリジナル曲はないですから」
「でも出来るかもしれないわよ」
「そうですかね?」
私としてはVtuber活動だけでアイドル活動はあまりしたくないのでオリジナル曲は出来ないままで問題ないのだけど、本気でアイドル活動している夏希さんの前ではそのようなことは言えない。
「さ、おしゃべりはそこまで。練習を始めますよ」
先生が手を叩いて言う。
『はい』
◯
今日は午前と午後にレッスンがあり、午前はいつも通りのボイトレで終わり、午後は曲を歌わされた。
「まずは夏希さんから歌いましょう」
「はい」
「曲はなおぽんの『ハイビスカス』」
先生はオーディオ機器を操作し、曲を流す。
そして夏希さんは歌い始める。
透明感のある歌声が曲に乗って流れる。
さすがはプロ。上手だ。
そして曲が終わり、
「はい。次は千鶴さんが歌いましょう。歌詞は分かる?」
「いえ。曲は聞いたことありすけど、歌詞は覚えてません」
「じゃあ、これを」
と先生は歌詞カードを私に差し向けます。
「それでは始めますよ」
「はい」
曲が流れ、私は歌詞カードを見つつ歌います。
◯
歌い終わって、私は先生をちらりと伺います。
駄目だった? それともオッケー? 私的にはギリセーフなんだけど。
先生は目を閉じて顎を撫でています。
「……う〜ん。まあ、いいでしょう。次、いってみましょう」
あれ? 何か指摘されると思ったけど、何も言われない。
ここをこうしろとか、もっとこう歌えとかがなしだ。
次に進んでいいのかな?
「大丈夫なんですかね?」
私は夏希さんにこっそり聞く。
「練習だから問題ないんじゃない」
何をおかしなことを夏希さんは言う。
ん? 練習だから上手く歌えるまで歌うのでは?
私は上手かったかな?
先生はオーディオ機器を操作し、
「次はユーチンの『風に巻き込まれて』です。この歌はこぶしとビブラートを意識してね」
『はい』
「では、夏希さんからどうぞ」
曲が流れ、夏希さんが歌う。
ユーチンの『風に巻き込まれて』は私が生まれる前の曲だが、有名アニメ映画に使われているので私も知っている。
「風にぃぃ、巻き込まれてぇぇぇ〜」
夏希さんがしっかりとサビの部分をこぶしとビブラートを使って歌う。
そして歌い終わり、次は私の番。
「はい、歌詞カード。そこにこぶしの部分とビブラートの部分が書き込まれてあるから、それを参考にしてね」
歌詞カードにはこぶしの部分には母音が2つ、ビブラートの部分には波線が記されている。
「しゃくりは気にしないで、こぶしとビブラートを意識して歌ってください」
「分かりました」
曲が流れ、私は歌詞カードを見ながら歌い始める。
◯
「うん。ちゃんとこぶしもビブラートも出来てるね」
先生は満足気に頷く。
けれど私には上手く歌えているようには思えなかった。知っている曲とはいえ、上手く歌えるかといえば、それは別の話だし。
そんな私の疑問を感じ取ったのか先生は、
「重要なのは歌全体ではなくて、きちんとこぶしやビブラートが使えているかってことなの」
「それじゃあ、初めの『ハイビスカス』も?」
「ええ。腹式呼吸と音程がちゃんと出来ているかの練習よ。『ハイビスカス』は基本的な技術が出来ているかが確かめられる練習に適した曲なのよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます