第41話 懸念【福原岬】
「……きちんと……ええ、オルタにも言われたでしょ? …………少し弄り過ぎよ。……ええ。……こちらの方でも……それじゃあ」
通話を切り、私は溜め息を吐く。
直近の部下でさえ社会人として報連相を上手く使いこなせずにミスがある。ましてや部下でもない彼女達はなおのことアクセルとブレーキの踏み間違いが起こる。
今日の配信はリスナー達は騙せるだろうが、当事者間では気付くだろう。
赤羽メメは本気で怒ってたと。
(さて、どうしたものやら)
赤羽メメのSNSを覗くと期末テスト期間中はお休みするという旨のコメントがなされていた。
(ま、クールダウンにはいいのかもしれないかな?)
だが、そんなメメのコメントに対してオルタへの要望が多かった。
赤羽メメはメンタルが強い子ではない。
あの状態でこれらのコメントはキツイだろう。
最悪引退を決意するかもしれない。
私は予防線としてメメに慰労のメッセージを送った。
◯
翌日、彼女から連絡があり、今後の活動についての相談が持ちかけられた。
私は「ちょっと今は忙しいので」と活動についての相談は期末テスト後にと約束をした。
が、それは嘘。さして忙しくはなかった。だが、今、相談すれば赤羽メメは必ず引退してしまうだろう。
私はなんとかそれを先延ばしにするために嘘をついたのだ。
その後、どうしたものかと悩んでいた時、オルタから連絡を受けた。
「何か?」
「ちょっと相談事なんですか?」
「私もお姉さんにお話しすることがあったんです。今から会えますか?」
「はい。大丈夫です」
◯
一時間後は私はオルタこと宮下千鶴と喫茶店で落ち合った。
「お姉さんは何にいたします?」
「アイスコーヒーで」
「ケーキは何にします? チョコチーズケーキがおすすめですよ」
「ケーキは別に」
「大丈夫ですよ。経費で落ちますから。むしろ私一人だと落ちにくくなるので注文してくれると助かります」
「それじゃあ、チョコチーズケーキを」
私は店員を呼び、アイスコーヒーとチョコチーズケーキを2つずつ注文した。
「それでお話しとは?」
「私、オルタを辞めようと考えているんです」
「どうして?」
「私がいるせいで佳奈にプレッシャーをかけているんじゃないかと思って」
「プレッシャー……ですか?」
「はい。オルタの人気が出たせいで登録者も同接もスパチャも増えましたが、それがメメにプレッシャーを与えているのではないですか? 昨日だって……」
ここで店員がやって来て、アイスコーヒーとチョコチーズケーキが運ばれてきた。
私はアイスコーヒーを一口飲んでから、
「昨日の配信は私も見ました。すみませんね。彼女達もメメブームに乗っかりたいんですよ。ほら、今ではVtuberも有象無象化してますし。少しでも波に乗りたいんです。……でも昨日のはちょっと行き過ぎですよね。私も彼女達にメメに謝罪しておくよう告げました」
「はあ」
千鶴さんはアイスコーヒーの飲んだあと、チョコチーズケーキを食べる。
私もチョコチーズケーキにフォークで別けて、一口食べる。
お互い食べているから無言なのだが、その無言の空気が嫌に重い。
「……でも、このままではいけない気がするんです」
「いけない……では辞めたらどうなるかお分かりで?」
千鶴さんは難しい顔をして、視線をテーブルに落とす。
「メメの人気も落ちるかもしれません」
「いえ。確実に落ちるでしょうね」
その言葉に千鶴さんは視線を上げるが、すぐに落とす。
「落ちたらVtuberを辞めるかもしれませんよ」
「昨日、辞めると言ってました」
「止めなかったんですか?」
「……止めました」
でも千鶴さんの表情から察するに止められなかったのだろう。
「1番の解決策はメメが人気になればいいのですけどね」
「どうやったら人気が取れるんですか?」
「知りませんよ。そんなの」
千鶴さんは「そんな!」みたいな顔をする。
けれど実際にそうなのだ。
人気の取り方なんて分からないのだ。
これは当たるなと思っても外れることもあるし、おまけ扱い程度のデビューさせた子が人気を博したり、当たっても一発屋で終わったり、下積み時代が長い子が急にヒットして過去の評価のなかった曲が今になって高評価を得たりもする。
絶対的なヒットの法則なんて誰も分からないのだ。
分かったら誰も苦労はしない。
「とりあへず、次のハリカー大会が終わるまでよく考えてください」
本当ならその間にメメが人気になれば……なんて考えたいが、今は期末テスト期間。配信もしないのであれば、人気は上がらないだろう。
そしてそのままハリカー大会を迎えて……。
(駄目だ。引退の未来しか見えない)
「それと今日のことは妹さんには秘密で」
「はい」
結局のところ、私がこの姉妹に対して出来ることは保留をさせることだけだった。
(マネジャー失格ね)
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