第42話 前世【???】
「こんにちは」
『ど、どうも』
「メメちゃん緊張してる?」
『そりゃあ星空先輩から直で電話が来るなんて驚きです』
「ハハ、ごめんね急に。なんかこの前の配信が気になってね。それでマネ経由で電話番号を教えてもらったの」
『この前の配信ですか?』
「うん」
この前とは人狼ゲーム『封鎖海中パーク・カルペ』のこと。あのコラボ配信で赤羽メメはペーメン達のオルタ希望に対して、キレてオルタにチェンジした件だ。
Vtuberがキレたり、台パンしたり、互いに罵倒し合うことは珍しくない。むしろそれを求めるリスナーも多くて、時折演出することもある。
だが、今回のは──。
「あれはガチギレでしょ?」
『……お恥ずかながら。でも皆とはきちんとお話しして解決しましたので。私もあの時は熱くなり申し訳ございません』
「うんうん。仲良く、仲良くだね」
これもマネ経由で向こう側が謝罪をしたことを聞いていた。
Vtuberの中には時折メンタルの浮き沈みでヘラっちゃうこともあって、喧嘩もしばしばある。
だから珍しくはない。
もちろん、その後はちゃんと仲直りだ。
今回もペーメンとすぐに仲直りしたのは良いことだった。
……けれど相手側はメメがどうして怒ったのかを理解していないはず。
彼女達はオルタ希望と喚き過ぎたが怒らせた原因と考えているのだろう。
でもそれは違う。
メメはただ怒ったのではない。
投げ出したかったからだ。
「オルタ人気に辟易してるでしょ?」
『え?』
「オルタが人気出て、自分は蚊帳の外。みーんな、オルタばっかで自分は見てくれないみたいな? さらには自分はいらないみたいな。それで辞めたいなーて。あの怒りも放り投げでしょ?」
『…………さすがですね。はい。そうです』
メメが発する声のトーンが変わった。
それは深く暗い色であり、また光の当たらない深海のような息苦しさを持つ。
「分かるよ」
『分かる?』
鼻で笑われた。それはアンタに私の何が分かるのと言いたそうな声。
「人気取りって難しいもんね。私もね、最初はきつかったもん」
『何言ってるんですか? 星空さんは最初からすごかったじゃないですか?』
「私の最初って何?」
『え? それはデビューして……でしょ? 知ってますよ。私もあの頃は声優課で子役声優やってましたし。ペイベックスがVtuberを生み出したって、すごい宣伝を……』
「残念。そこがスタートではないんだよねー」
『え!? ええっ!?』
「私ねー、ニパ主だったんだよ」
『ニパ主!?』
ニパ主とはニパニパ動画で配信をする人のこと。
「そうだよ。でね、ペイベックスからVtuberにならないかとお誘いがあってね。それでVtuberをやってみたの。そしたら人気になってね。ニパ主の方は引退。なぜ引退したかは分かるでしょ?」
『Vtuberの方が人気があり、そっちでやっていけるから』
「正解」
『前世があったんですね』
「うん」
前世とはVtuberになる前に活動していたことを指す。
「意外と前世持ち多いからね。確か3期生あたりまでは、ほぼ全員がニパ主出身者が多いよ」
『一応、前世がニパ主である……という人が多いと聞いてはいましたが先輩もそうだったんですか』
「うんうん。だから最初は掛け持ちだったんだよ。でもね、星空みはりが鮮烈デビューするとPにはニパ配信を辞めるように言われたの」
『Pってプロデューサーですか? どうして?』
「決まってるでしょ。人気のないニパ主なんて足を引っ張るだけ。Pにはリスナーが少ないんだから辞めて問題はないだろうとか、バレたら星空みはりの顔に傷がつくとか言われてね」
『……』
「メメからするとPは余裕のある優しい人ってイメージだけど。あの頃はPにとって自分の今後に左右される企画だったから、結構うるさかったんだよねー」
あの頃は本当にうるさかったなー。何度Pに殺意を抱いか。
『大変だったんですね』
「超大変。しかも当初は見込みの半分程度の登録者だったりで」
『え?』
「いやあ、すごい数の登録者とスパチャだったから私も人気を博したかなんて思ってたけど、実は結構な桜……いわゆる仕込みってやつかな」
『仕込み!』
今日一の驚き声。
でも驚いて仕方ないよね。
仕込みだもん。反則だよ。反則。
「P曰く、『路上ライブとかでギターケースや箱に何も入っていないと周りはお金を入れていいのか迷うだろ? だから最初にお金を少し置いておくんだよ。それと同じだ。人がいると安心して登録出来て、スパチャも出来るんだよ』って。最低だね」
『そんな裏話があったなんて」
「だからね、デビューしてから数ヶ月は本当に人気はなかったんだよ。『もー、なんだよ。それならニパ主続けても問題なかったんじゃないの!』とか憤慨したね。でもニパ主は辞めてしまったからね。どうしようもないよね。そこからは星空みはり一本で人気を得るためにひたすら頑張ったよ」
『どうやって人気を?』
「知らん」
私はメメの問いを一蹴した。
だって仕方ないじゃないか。知らないんだし。
「人気はもう分からんよ。うん。こればっかりはね。がむしゃらにやるべきだね」
『ハハハ』
メメが弱々しく空笑いをする。
それもそうだよね。
今、言ったことって
「私だって先輩だからさ、役の立つ話の一つや二つ言いたいよ。でもないんだよねー。これがさー。ま、だから私が君に言えるのはもう少しがむしゃらにやってみなよ」
『はい』
返事が弱いな。これは引き止めるの失敗かな?
でも私が動いたことで少しは引退時期は伸びたかな?
ハリカー大会でオルタと勝負をしたいんだから、ここでメメには辞めてもらわれては困る。
「そうだ。ハリカー大会の優勝賞品が新企画の立ち上げだったはず。新企画をやれば人気が出るんじゃない?」
『ハリカーですか?』
「自信ない?」
『正直言うとそうですね。ハリカーに強いVtuberの方がいますし』
「ならオルタちゃんにやらせれば?」
これは我ながら良い案だ。
メメが辞めようが辞めまいがここでオルタと勝負が出来る。
『でも、姉も昔はやってたと言っても10年くらい前のことですし。それにオルタが優勝したらますますオルタが人気になります』
「でもオルタ=メメでしょ? 優勝して企画を立ち上げてもらうといいよ。ネットラジオとかさ。二人でラジオをすると良いよ。初の姉妹Vtuberによるネットラジオ。良い響きだね」
『はあ』
あまり乗り気ではないな。
「グッズとか。……あっ! 曲とかはオルタちゃんは歌下手でしょ?」
『ええ。姉は下手ですけど? あれ? 知ってるんですか?』
「あっ、えっと、前に聞いたような」
(やべ!)
『そうですか。えっと、姉は下手ですね。カラオケも滅多じゃない限り、行かないですし』
「うんうん。だから君の方が人気くるよ」
『まあ……頑張ってみます』
「オルタちゃんにハリカーさせて賞品をゲットだぜ!」
『アハハ、それずるくありません?』
「お! やっと笑ってくれた」
『あ!? ……なんかすみません。気を遣ってもらって』
「いいの、いいの」
『先輩って優しいんですね』
「よせやい。照れるじゃないかい」
そう。私は優しくない。
これは打算だ。
あの子とまたハリカーするための。
まあ、ハリカー大会で勝負できなくても大学の皆と遊ぶ
……でも出来れば、あの子とはハリカー大会で勝負したい。そして倒したい。強くなった私を見てもらいたい。
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