第40話 憤り【宮下佳奈】

 人狼ゲーム『封鎖海中パーク・カルペ』も3巡目を迎えようとしていた。


 このゲームは頭も使うが、精神的なものも使うので疲労がいつもより増してつらい。


 そのせいだろうか、ペーメンの彼女達の言葉にわずらわしさを感じる。


「次はオルタちゃんを出してよー」


 これだ。ことあるたびにオルタの名が出る。


 私にとってそれを聞くたびに頭が重くなり、首で支えるのが苦痛になるのだ。腹にもモヤっとしたものが棲み、気分が悪い。溜め息は聞こえないように、口元を手で覆い、呼吸と共に発する。


「……分かりました。変わります。変わりますよ。オルタに変わりまーす」


 もう、やけくそだった。鬱陶しかった。


 そんなにオルタと言うなら変わってやろうじゃないかとキレていた。


 私がオルタと変わると言うと彼女達は気色めいた声を出す。


(そんなにオルタと関わりたいのかよ)


 苛立ちがさらに込み上げてくる。


 中にはそれを感じて、わざと弄るものもいる。

 それを言えばどうなるかぐらい分かるはずだ。

 なのに彼女は口にする。


 パソコンのスクリーンを投げつけたい衝動を抑え、私は無視するようにスクリーン画面から姉へと顔を向ける。


「ねえお姉ちゃん、変わってくれる。皆、オルタちゃんと遊びたいってさ」


 声に苛立ちが募っているのが自分でも分かった。


 とうの姉はだいぶ前から人狼ゲームに飽きていたのか上の空だった。


 たぶん私が今言ったことも理解していないのだろう。


「え? 何?」


 ほら。理解していない。


「皆がオルタと人狼ゲームしたいってさ」


 私はアバターをオルタに変更する。

 髪と肌と目の色が変わっただけのキャラが現れる。


「えー。私、やり方知らないよ」

「見てたでしょ。だいたい分かるでしょ」

「いやいや……」


 私は席を立ち、姉の腕を引っ張り、無理に座らせる。


「ちょっ、痛いよ」

「座って。アバターも変えたから。分からなかったら聞いて」


 そして私はベッドにうつ伏せにダイブする。

 耳をすませて姉の実況と彼女達のやり取りを聞く。


(ほら。上手くやってる)


 楽しそうな声が私の部屋に響く。

 疲れでどんどん意識が落ちていく。


  ◯


「終わったよー」


 姉に声をかけられ、私は目を覚ました。

 どうやら寝てしまっていたようだ。

「……分かった。スパチャお礼タイムね」


 私はのっそりとベッドから起き上がり、姉が退いた椅子へと座る。


 そしてアバターをメメに戻して、スパチャを読み上げる。


 ほとんどがオルタのもの。


 それを私が読み、そして礼を述べるのは如何なものか。


(滑稽ね)


  ◯


 スパチャお礼タイムが終わり、パソコンの電源を切る。

 大きく溜め息を吐き、カレンダー見る。


(次の配信は……)


 期末テストだ。もうそんな時期か。

 またしばらくVtuberは休まなくては。

 私はスマホでSNSのアプリを開き、


『赤羽メメは期末テスト期間はお休みとさせていただきます。次のイベントはペイベックス上半期Vtuberイベントのハリカー大会予選です』


 と書き込む。するとすぐに返事がきた。


『オルタちゃんも休むの?』

『オルタちゃんが配信するなら問題ないよ』

『オルタちゃんの配信はいつ?』


 イライラする。

 なんだよ。どいつもこいつも。


 私はアプリを閉じてスマホをベッドに放り投げる。

 スマホは跳ねて、ベッドから落ちる。


 私は拾いに行くこともせず、椅子から立ち上がる。


 そして姉の存在に気付いた。


「……いたの?」

「どうしたの?」

「別に」


 私は目を逸らす。


「やっぱり私はオルタを辞めた方がいいよね?」

「え?」


 私は驚き、再度姉に目を合わす。


「佳奈の負担になってるでしょ?」

「何言ってるの? むしろ成功してるじゃない。スパチャだっていっぱい……」

「うん。私のね。でもそれがかえって佳奈の負担になってるでしょ。さっきの人狼ゲームだってオルタの名前が出てたでしょ?」

「聞いてたの?」


 てっきり飽きて聞いていないものだと思っていた。


「まあね。なんか居た堪れなかったよ」

「いいの? お姉ちゃんはそれで?」

「私はいいよ。本気でやってたわけではないし」

「なら……私もやめよっかな」

「なんで!?」

「私、人気ないし。オルタがいないなら私には価値はないし」

「……」

「皆だって、そう思ってるよ」

「そんなことないよ。少なくともメメのファンはちゃんといるよ」

「ストーカーさん?」

「瀬戸さんはストーカーじゃないよ。ファンだよ。メメのこと好きだから私のことにも気付いたんだよ」


 姉は私の方に手を置く。


「……世の中はね。小さい数のためだけに動いてるわけではないの」


 私は肩に置かれた姉の手を退ける。


「ちょっと疲れたから休む。出て行って」

「……佳奈」

「出て行って!」


 私は怒鳴った。


 すると堰き止めていたものが涙として溢れ落ちていく。


「佳奈……大丈夫?」

「大丈夫だから! 出て行って! 今すぐ! 早く!」

「わ、わかった」


 姉が弱々しく部屋を出て行く。ドアを閉める前、姉の悲しそうな目が見えた。


「……もう嫌だ」

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