第9話 説明【宮下佳奈】
ビルを出た時は少し暗い顔していた姉も家に近づく頃には普通になっていた。
「ま、なんとかなるよね」
それは独り言か、それとも私への質問かわからなかった。
少ししてから姉がチラリと私に目を向けるので質問だと理解した。
「マネ……福原さんも少しだけって言ってたしね。そんなに気張ることはないよ」
「そうだね。私が勝手にやったことなのにペナルティも課せられなかったし良かったよ」
遅刻かつ別人が勝手にアバターを使って配信したとなるとそれは一大事である。だが遅刻の件は事務所側にも問題はあるのだ。
私が遅刻したのは根津剣郎との話し合い。その話し合いに私を送り込んだのが福原さんである。福原さんはいくつかのワードを根津から引き出させるため、私に結構無茶な指示をしてきたのだ。
狙いは相手が持っているカード。つまりどれだけを知り、どれだけの証拠を持っているのかということ。
さらに私以外の声優情報を自然な会話で相手から誘導するようにも求められ、それには骨が折れた。
あれさえなければ遅刻はなかった。
だから契約違反も違約金も本来は微々たるもの。いや、むしろこっちが要求してもおかしくはなかっただろう。
だけど、姉はそれを知らない。
知らずにあれやこれやと言いくるめられて、自分に非があると勘違いさせられ、Vtuberとして契約した。
私としては姉の手伝いは……正直嫌だ。
けど姉のおかげで登録者数もPVも上がった。さらにスパチャも一回の配信で個人歴代最高記録を出した。
「ま、お金も入るんだし。バイトみたいなものね」
姉はメリットを見ることでデメリットから目を逸らした。
こういう人が詐欺に遭うのかな?
どうか姉に詐欺師が近づきませんように。
◯
後日、意外にも早く姉のアバターは出来上がり、私のパソコンにアバターのデータが送られた。
私は姉を部屋に呼び、送られてきたアバターを見せた。
「これが私のキャラ?」
赤羽メメの髪が金から白に。碧眼が紅くなり、肌も褐色になったキャラがパソコンの画面に表示される。
まあ、設定上は私の別側面ってことだから、肌違いとかで済み、早く出来上がったのだろう。
「これがオルタちゃんか。格ゲーの色違いみたいだね。これを私が使って実況するんだよね」
姉が子供のように目を輝かせて言う。
どうやら気に入ってくれたようだ。
「うん。そうだけど。お姉ちゃんはまずはVtuberについてどこまで知ってる?」
「ゲーム実況とかトークでしょ?」
その後の言葉を待ったが何も言わないので、知識はそこまでということなのかな?
「……えーと、それだけ?」
「え? それ以外にもあるの?」
まじでその程度の知識か。
「配信は見たことある?」
「ない」
「……まじか」
私は溜め息を吐いた。
これは本当にど素人に教えないといけないやつだ。
「え? いけない感じ?」
「ううん。お姉ちゃんはそれでいいよ」
でも今からは最低限のことはきちんと覚えてもらわないと。
「配信と収録の違いは分かる?」
「配信は流すで、収録は撮るということだよね?」
うん。分かってないな。
「配信は生配信でこの前のやつのことね。収録は前もって撮っておき、後でアップ……つまり動画を流すこと」
「ふむ」
「あとは生配信はスパチャがあり、ミスしたら致命傷。収録はスパチャはないけど、ミスしても撮り直しができるの」
「え? 収録はスパチャじゃないの? じゃあどうやってお金を?」
「収録は広告。アフィリエイトって知ってるでしょ。あれよ」
「儲かるの?」
「広告によるけど、私のだとだいたい1PVで0.3円くらいね。でも低い時は0.05円くらいかな?」
「100万再生なら30万か」
「5万の時もあるから。それと100万再生なんてほんの一部。私のようなのは最高PVが3万PVをなんとか超えるくらいだからね」
「えー低過ぎない?」
姉は不満そうな声を出す。
「うるさい!」
これでも5期生の中では良い方なんだから。でも4期生とは雲泥の差なのよねー。
「他にも教えることはあるけど、まずはこれを読んでおいて」
私はテーブルに冊子を置く。
「何これ?」
姉は冊子を持ち、ぺらぺらと
「私がVtuberする時に福原さんに渡されたものよ。取説みたいなもの。お姉ちゃんも見といて」
「うん」
「じゃあ、実際にこの後の私の配信を見て勉強して」
「分かった。その前にちょっと聞きたいんだけど」
「何?」
「あのカレンダーの時間ってのは配信の時間なの?」
姉が壁に架けられたカレンダーを指差す。そのカレンダーには日付の枠に時間が記載されている。
「そうだよ」
「配信日って決まってるの?」
その話か。それは別の日に話したかったのだねど、まあ簡単に説明しておくか。
「ええと、チャンネルって二つあるんだよ」
「え? 一つじゃないの?」
「普通はね」
私は息を吐く。
「自分のチャンネルと事務所のチャンネルがあるの。この前のは事務所のよ」
「どうして二つも?」
「Vtuberってね、今ではかなりの数があるの。自分のチャンネルだけでやっても再生数が伸びずに終わるのよ」
「バズらないと駄目って聞くよね」
「そう。普通に面白いだけでは駄目なの。で、私達のようなVtuberは事務所のチャンネルをも使って知名度を上げるのよ」
「上がるの?」
「上がる。Vtuberが好きな人ってね、会社や事務所のサイトを回って番組表を見ているのよ。そして目当てのVtuberがいると見るの」
「ふうん。でも今月はその配信少なくない? 四回……だいたい週一じゃない」
「さっきも言ったように配信者は多いのよ。アバターを使わない普通の配信者も大勢いるの。今ではタレントやお笑い芸人も動画配信しているし。うちの会社はアーティストまで配信しているんだよ」
「アーティストまでいるんだ? 彼らは何を配信するの?」
「『歌ってみた』、『ファースト撮り』、あと雑談とかライブについての告知。中にはゲーム実況する人もいるよ」
「へえ」
なんかすごく他人事のような返事にちょっとイラッとくる。いや、姉にとってはほとんど他人事だもんね。あくまで私の手伝い程度だし。
◯
「それじゃあ、みんなー、待ったねー」
私は画面に向かい地声ではない明るい声を出し、左手を振る。そして右手でマウスを操作して配信を切る。
「配信を切る時はね、ちゃんと切ったか再確認しないと駄目だよ。……って聞いてる?」
私はパソコンの方を向きつつ姉に注意を教える。
けど返事がないのでカメラに映らないよう、少し離れて座っている姉に振り向く。
姉はテーブルに頬杖をついて、ボケーとしていた。
「聞いてたの?」
「え、あ、うん。聞いてた」
姉は配信が終わったことに気づき、慌てて返答する。
「じゃあ私が何を言ったか言ってみて」
「ええと……スパチャお礼タイムは大事!」
「言ってない。私が言ったのは配信を切る時は要注意よ」
「アハハ、ごめん。あまりにも配信がクソ長いので疲れちゃって」
ク、クソ長いだと!? 私の美声配信を最後まで聞けよ。
「あのね、お姉ちゃん、1時間だよ。正確には54分程度だけどさ。これでも短い方よ。人気Vtuberクラスなんて2時間は当たり前よ」
私は人差し指を姉に向けて言う。
「うへー。1時間も喋り続けるの? キツくない? てかさ佳奈、声変えてるよね?」
「そりゃあ、勿論よ」
「皆、そうなの?」
「当たり前よ」
地声でVtuberをする人なんていない。
「私も? 私そういうのできないよ? 声優でもないし」
「あ、それは大丈夫。しなくていいから。お姉ちゃんは最初に地声でやったから、今更声を変える必要はないから」
姉の声の件は福原さんと話してもう決めていた。今から声を作ったり、キャラを演じる技量を磨くのも時間がない。すでに地声がバレているんだし、そのままでいこうと決まった。
「それは安心だ。……じゃないよ。1時間も喋るのって辛いよ。何、喋ればいいのよ」
「私がやったようにすればいいのよ。もしなんだったら動画を見ればいいしね。それに私だっていきなり配信なんてさせないわよ」
「そうなの?」
「素人がやれば事故多発でしょ。まずは収録からよ。そこから少しずつ、お喋りを上手になりましょ」
「……分かった」
少し嫌々な反応をする姉。まあ、喋り続けるのって大変だもんね。
でも頑張ってもらわなければ。そのためには私は鬼になる。
「それじゃあ収録しよっか」
「え? 今から?」
姉はすごく嫌そうな顔をする。
「モチ」
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