1章②『始動』

第10話 初収録

「はーい。みんなー、赤羽メメ・オルタでーす」


 私は画面に向けて手を振る。


「あれ? コメントがない?」


 トンっと音が鳴り、そちらを向くと妹がカンペを向けていた。そこには『収録だからコメントはない』と書かれている。


「あっ、そっか。ええともう一回撮り直す?」

「いい。ここは後で編集でカットするから。とりあへず続けて」

「オッケー」


 私は画面に向き直り、


「えー。第1回目はアニメ『魔法少年マナカ・マグラ』です。私も名前だけなら聞いたことのある作品。というかこれ著作権とか大丈夫なの?」


 妹がカンペで『許可は得ている』と教えてくれる。


 あっ、許可は得ているんだ。


「ストーリーについての前情報がなく、メメ曰く『見れば分かる』だそうです。どういうことだろう。面白いの? 一応、本作のストーリー以外の情報として『数多くの名言があり、そのほとんどが放送年のオタク流行語大賞を取り、一般の流行語大賞にもノミネートされたほど』と、そして『キャラの見た目とは違い、濃厚なストーリーも素晴らしく、数多くのタレントもハマったと豪語する』だそうです」


 ここまでの実況は練習通り。


 ただこのアニメのストーリーの前情報がないのは事実。


 でも、どうしてだろう? 教えてくれた方がどこで反応すれば良いのか分かると思うんだけど。

 それでも妹は「見なくていいから」と言う。


「それじゃあ、第一話スタート!」


 私は動画を再生する。


 物語が始まり、主人公マナカが暗いビルの階段を駆けのぼっている。


「なんか暗め? 不穏な空気なんだけど。

 ん? パッケージだとなんか子供向けの可愛らしいアニメキャラなんだけど」


 主人公マナカがビルの屋上に辿り着くと大きな化け物が翼を広げて、空を覆っている。

 そしてビルの屋上には金髪の男の子がいる。


 BGMというのかな? ホラーと宗教的な音が混ざった感じで、なんか怖いんだけど。


 すると場面は急に変わって部屋になり、ベッドの上でマナカが目覚める。


「なーんだ、夢オチか。あ、でもこれって正夢になるパターンじゃない? きっとそうだよ」


 マナカは朝食を食べ、顔を洗い、歯を磨き、制服に着替える。家を出て、登校中に友達のショウヘイと出会い学校に向かう。


 チャイムが鳴り、教室に先生が入る。そして転入生を紹介する。

 教師に呼ばれて中に教室に入ってきた転入生は──。


「あ!? 夢で見た転入生だ。名前は東雲ケンゴなんだ。ふーん。なんかツンツンしてる子だね」


 放課後となり、マナカはショウヘイと共にモールに向かう。

 そしてモールでウインドウショッピングをしていると急に人が──いや、時間が止まった。


「え? なんでマナカとショウヘイは動けるの?」


 そしてモールはぐにゃりと変わり、異質な空間となり、モンスターが現れた。


「ぬおっ! モンスターがキモい! 夢に出てきそうなんだけど」


 モンスターは絵柄というかタッチというか、このアニメに明らかに合わないような絵で、さらに今までのアニメやゲームとは違う変わった形のゲテモノ系オリジナルモンスターだった。


 そのモンスターが奇声を上げながら、マナカとショウヘイを襲いかかる。

 マナカ達はモップやバットで応戦するも効果はないようだ。


「なんで? 戦うの? 逃げなよ!」


 歯が立たないと分かったのか2人は逃げることにした。


「そうだよ逃げろ! 初めから逃げろよ!」


 しかし、マナカが転んでしまい、そこへモンスターが飛びかかりにきた。


「やばい!」


 しかし、そこで転入生ケンゴがファンタジーものでよく見られる剣を手にして助けに現れた。


「ナイスタイミングだね。まあ、ピンチに登場ってのは定番だからね」


 アニメではよくあるよね。都合よく助けがくるのって。


 そしてケンゴは魔法少年に変身した。黒を基調とした戦士服。その魔法少年に変身したケンゴは剣でモンスターを高速で何度も切り刻んで倒す。


「すごい! 一瞬でバラバラ! 早送りしたみたい」


 マナカ達がケンゴにお礼を言いつつ近づくと、なぜかケンゴはマナカ達に剣を向ける。


「あれ? なんで主人公に武器向けてるの?」


 ケンゴが無言で剣を振り上げ、マナカ達を睨む。そしてその剣が振り下げられるというところで銃声が鳴り、剣が弾き飛ばされた。


「誰?」


 ケンゴが発砲音の方に振り向くと眼鏡キャラが白いライフルを構えていた。肩にはウサギのマスコットキャラが乗っている。


 ケンゴは舌打ちをして、その場を離れる。


「あら、新キャラだ。この人、パッケージにいたね」


 こっちの人はマナカ達に優しい笑みを向けて話しかける。


「この人は味方だね。あ、ここでエンディングだ」


 エンディング映像は暗いトンネルをカナタらしきキャラが走っているものだった。トンネルの途中に他のキャラらしき影が立っている。


 なんか不気味なエンディングなんだけど。

 曲もドラム音がすごいし、『アアーアー、アーアー』とか唸り声みたいなものも聞こえるよ。


 エンディングも終わり、再生が終わった。


「……ええと感想はね。なんか不気味。明るいアニメではないの? モンスターも不気味だし。魔法少年とかモンスターとか何なの? うーん。イマイチよく分からなかった」


  ◯


 休憩を挟んで、第2話の実況を続けて撮ることになった。


「1話になかったオープニングだ。あっ、すんごい明るい曲だね。いかにもアイドル系みたいな」


 そしてオープニングが終わり、冒頭でこの前助けてくれた魔法少年とうさぎのマスコットキャラの自己紹介が始まり、場面はモールから先輩魔法少年トキマサの部屋に。そこでトキマサ達から魔法少年やモンスターの説明が始まった。


 魔法少年はモンスターから世界を守るヒーローで、うさぎのマスコットキャラ・ペコ丸は魔法少年の素質を持つ少年を探し、そして魔法少年になってもらうため交渉し、成立すれば契約してもらっていると語る。


「……交渉に契約って……生々しいな」


 なんでもモンスターを倒すとポイントが貯まり、貯まり切ると何でも願いが叶うとか。


「タダ働きではないだ。へえー、願いか。それいいな」


 説明が終わった後、ペコ丸は主人公達に魔法少年にならないかと声をかける。


 マナカ達はどういうものかよく知らないから、まずは先輩魔法少年トキマサの仕事を間近で見てから判断するという。


 帰り道、ショウヘイは途中で寄るとこがあるとかでマナカと別れる。そのショウヘイが向かった先は病院だった。病室では可愛い女の子がベッドに横たわっていた。


「お、可愛い子がベッドにいる。ヒロインか? どこか悪いのかな? あ!? 双子の妹か。なーんだ」


 話から察するにアイドルに夢見る双子の妹らしい。でも喉の病気で歌えなくなったみたいな?


「なんかショウヘイは妹を助けるため契約しそうだな。うん。たぶんそうだよ」


 翌日の放課後、場面はモンスターのいる空間に。マナカとショウヘイ、そして先輩のトキマサが物陰に隠れながら、奥へと進んでいく。

 時折、先輩がいとも簡単にモンスターを倒していく。


 おっと、またケンゴだ。


「なんかいがみ合ってる。どうしてこの子は仲良くできないのかな?」


 あ、どっか行った。


  ◯


「これでいいの?」


 私は不安気に聞く。


「オッケー! これはいいわ」


 だが妹は満足気のようだ。


「本当? 下手じゃなかった?」

「うん。下手」


 うぐっ!


「いや、それなら撮り直すべきでは?」

「違うよ。下手だからこそいいの。いい? オルタちゃんはど素人なの。上手かったら前回の配信もやらせと思われるから駄目」

「……そっか」


 なんか複雑な気分。


「第3話は収録でなく配信だから」


 妹が編集しつつ言う。


「待って、待って。配信なの? なんで第3話だけ配信なの?」


 普通は重要な第1話か最終話が配信じゃない? なんで第3話を配信?


 妹は振り返り、フフッと笑う。


「その第3話が重要なの。3話切りという言葉が生まれた有名な回なの。大丈夫。配信も収録と同じで喋りながらアニメを見るだけでいいから」

「それって本当に大丈夫なの? アニメを見て喋るなんてウケないと思うよ。ほら、お父さんがドラマを見ている最中に話しかけるとウザいでしょ?」

「安心してアニオタはマナカ・マグラの第3話は基本履修済みだから」


 妹は親指を立てる。


「り、履修済み?」

「皆、とっくに見てるってことよ。それに配信は喋るがモットーだからね。うるさいと言うなら動画サイトで見に行けと言えばいいのよ。あと、コメントも無視しておいてね。ネタバレするクソ野郎もいるから」

「でも、本当にアニメも流していいの? 許可は得ていると言ってたけどさ」

「ん? ああ! リスナーにはアニメは流れてないよ。リスナーにはルームにいる赤羽メメ・オルタしか映らないよ」

「ええっ!? それで大丈夫なの?」


 皆はすでにマナカ・マグラを見ていて内容を知っている。さらに動画ではオルタが映ってるだけで、私がマナカ・マグラを見て、リアクションした声だけが載っている。


 本当にそれでウケるのか?

 ちょっと不安だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る