第8話 契約

「では先日の事故についてですが……」


(ついに!)


 私は緊張で唾を飲んだ。


「上層部と話し合った結果……」


 神よ! 私はテーブルの下で両手を握り祈る。


「事故でしたが好評のため条件付きで不問に致します」


 不問。それは嬉しい。けど──。


「条件付き……ですか?」

「はい。その条件というのはお姉さんにVtuberとして活動してもらいたいということです」

「え? いやいや、無理ですよ! 絶対無理! てか、なんでVtuberに?」


 私は手を振って、否定する。


「まあまあ、落ち着いてください。本格的にVtuberとしてやってもらうわけではありません」

「というと?」

「赤羽メメのもう一つの側面──つまり、オルタとして活動してもらいたいと思っております」

「オルタ?」

「はい」


 そういえば初めての時もコメントでオルタって言われてたけど。


「オルタって、なんですか?」

「オルタナティブ。もしくはオルターネイティブとも」


 いや、ちゃんとした英語で言われても分かんないよ。


「ええと……どういう意味で?」

「もう一つの側面という意味です。つまり赤羽メメのもう一つの顔ということです」

「……はあ?」

「お姉さんは時々オルタとして赤羽メメを手伝ってもらいたいわけです」

「あっ、つまり、ちょっとだけってことですよね」

「ええ。本当にちょっとだけですよ」

「ちなみに断ることは?」

「断った場合は赤羽メメさんが契約違反として解約及び違約金を請求させてもらいます」

「ええ!?」

「遅刻及び他の人にアバターを貸すことは御法度です。もし何の処罰もなければ他のVtuberも真似をする可能性もあるわけですので」


 つまり他のVtuberが真似しないためきつくお灸を据えるということか。


「私、大学での……生活が……ありまして」

「Vtuberの中にも大学生はいますよ。それに時々出演するものですので、そう肩を張る必要はありませんよ」

「で、でも……」

「お姉ちゃん、私も手伝うから」


 いやいやいや、何よ手伝うって、これって手伝うんでしょ!


「ゲームするだけっていう簡単な仕事だよ」


 Vtuberのあんたがそれを言う?


「ええと、一旦話を持ち帰ってもよろしいですか?」

「ええ。構いません……と言いたいところですが、早めに対応をしないといけないのです」


 福原さんが困った顔をする。


「え? さっき不問とおっしゃったのでは?」


 勿論それは条件付きの不問。条件を飲むか飲まないかの間は何もないはず。


「対応とはそういう意味ではありません」


 福原さんがこちらの意図を汲んで答える。


「というと?」

「お姉さんは赤羽メメの登録者数をご存知ですか?」

「いえ」

「あの件の前までは10万と少し。それがあの件の後から33万を超えたのです」

「それは良かったということですよね?」


 減ったなら問題だが、増えたなら良かったということだ。


「なぜ増えたかお分かりですか?」

「え? ええと私がやらかした件が意外と評判良かったから?」

「はい。だからこそ登録者数が増えたのです」


 なら何が問題なのか?


「もしこれからオルタが登場しなければどうなります?」

「え、それは…………あっ!」

「そうです。登録者はあなたがいて増えたのです。そのあなたが今後出なければ勿論登録者は減ります。そうなればどうなるかはお分かりですよね」


 オルタがいないなら登録は消す。つまり、このままでは減るということだろう。


「……登録者が減ったVtuberは……クビにですか?」

「残念ながら」


 ちらりと妹を伺うと悲しそうに俯いていた。姉としては妹を助けてあげたい。それに私がやらかしたことでもある。


「強要はしません。お姉さんは大学生で本業は学業です。それを無理に仕事を押し付けることは致しません。ですが、もしお時間がありましたら、Vtuberのお手伝いをお願いできませんでしょうか?」

「…………」

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