3章②『公式チャンネル』
とあるVtuberの話②
内定者研修会2日目。
しおりでは9時に食堂で朝食とあった。それなのに私達は早朝6時に起こされた。
理由を聞くも研修指導職員からは着替えて駐車場に集合とだけ言われる。
あまりにも不明なことが多く、不満が募っていたが、噂の件もあり、私達は黙って研修指導職員に従うしかなかった。
そしてバスに乗せられ、山を下り、駅へ着いた。私達はそこで降ろされるのかと思ったが、それは一部の十数人で、またバスは動き、別の駅へと向かった。
私は3度目の駅にて降ろされた。
(ここで何かあるのか? それともどこかに? いや。それなら別ける必要もないし、バスで移動すればいい。やはりここで何かが?)
私達は研修指導職員に連れられ、道路に沿って横一列に並べさせられた。
「では、これより市民の皆様へご挨拶をする! 1人目!」
研修指導職員が大きな声で説明する。
それは私達というより周りにも聞かせるような大声で。
「は、はい」
研修指導職員の隣に立つ同班の亀村が両肩を上げて返事をする。
「社名、自己紹介、自身のアピールポイント、社内活動と目標を話すように」
『ええ!?』
いきなりのことで私を含む研修員達は驚きの声を上げる。
「ほら!」
「えっ!? えっと……あー、えー」
「早く!」
研修指導職員が
「はいっ! わっ、私は──」
「声が小さい!」
「は、はいっ! すみません!」
そして彼は声を上げて、社名と自身の名前、アピールポイント、今後の社内活動と目標を話した。
急なことのためかアピールポイントと社内活動、目標についてはたどたどであった。
話し終えた亀村は隣の研修指導職員の顔色を伺う。
「駄目だ!」
研修指導職員は鬼の形相で否定する。
「駄目……ですか?」
「当たり前だ! まずは『おはようございます』だろ!」
(それ先言えよ)
その後、亀村はもう一度挨拶をさせられた。
私の番が来た頃には駅に向かう会社員や一般人が増えて挨拶に臆してつっかえてしまう。その度に研修指導職員が怒鳴り、私達は身をすくませながら、恥を忍んで道ゆく人に向け挨拶をする。
全員挨拶をしてこれで終わりかと考えていたら。
「では、もう一度初めから」
と、また亀村から挨拶が始まった。
無視をする人や憐れみを向ける人もいるが、それはまだマシな方で、中には厄介なのがいて怒鳴ってくる人がいる。「うるさい!」だの「店もないのに挨拶するな!」とかそういう言葉を投げてくる。そうして道ゆく人にも怒鳴られつつ何巡も挨拶をさせられ、私達の精神はすり減っていく。
8時ごろにバスが戻ってきて、私達はやっと解放された。
最後は一同全員でお別れの挨拶をさせられた。
私達は逃げたい気持ちを隠しつつ、バスに乗った。そしてバスはまた来た道を戻り、他の研修指導職員や研修員を拾って施設へと向かう。
施設に戻ってすぐ、休む間もなく私達は食堂で朝食を取らされた。
◯
朝食後は10時からキャリアマネージメントの講義があり、研修員は大部屋に集められた。
講義の前半は聴講で、講師が説教混じりの労働姿勢について熱く語り、私達は黙って聞かされた。それは今で言うところのコンプライアンスであろう。
当時はまだガラケーが多く、配信というものについて疎い時代であり、そして迷惑配信等は少なかった時代であった。それゆえコンプライアンスという言葉は世間一般には認知されてなかった。
残りの講義の後半はプリントに聴講の感想と5年刻みの自分史、自身の長所と短所の記入、希望する部署、新商品と企画の発案、最後に本社で今までに発表した新商品と企画の良し悪しについて書かされた。
そして講義の後は少しの休憩を挟み、昼食の時間になった。この後、またトレーニングがあると思うと私達はあまり食欲が出なかった。
「飲食業で働く人間が残すなんてありえないからな!」
研修指導職員の怒鳴り声が食堂に響いた。
◯
午後になり、トレーニングウェアに着替えた私達は昨日と同じように施設前に集められた。そしてその時、班長である亀村の姿がなかった。
「彼は?」
私は同班の男性メンバー達に聞いた。
「さあ? 着替えの前に研修指導職員に呼ばれてたけど」
「そういえば、なんか食堂の時、怒られてなかった? その件?」
「まさか。最後は残さずちゃんと食ってたぞ。……無理矢理だったけど」
「じゃあ、なんで呼ばれたの?」
「さあ?」
「もしかして……午前の講義のプリントのことかな?」
同班の女性メンバーが秘密ごとのように声を小さくして言う。
「プリント?」
「なんか余計なことを書いたとか」
「何よそれ?」
「さあ? でも、別の班の子が呼び出しくらったというのを聞いたよ」
「へえ」
「もしかして、あの噂の?」
男性メンバーが怪訝な顔で女性メンバーに聞く。
噂。箱と呼ばれる部屋に閉じ込められ、内定自主辞退の一筆を書かされる……という。
「……かも」
「それじゃあ、亀村も?」
「分かんない」
そしてその日から私達は彼の姿を見ることはなかった。
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