第11話 後片付け

 配信を切り、私達は息を吐いた。それは安堵と疲労が交じったような吐息。


「いやあ、お疲れ様でした。オルタさんのおかげで助かりました」


 ツクモさんが私に向け、丁重に頭を下げる。


「いえいえ、私はあまり役には立っておりませんよ。大半はツクモさんのおかげでクリアしましたし。それにこのゲーム、ホラゲーというよりミニアクションゲームでしたよ」

「でも雰囲気がホラゲーっぽいから1人では絶対無理でしたよ」

「そうですか? これなら1人でもクリアができたと思いますよ」


 私からすると笑い要素ありのミニアクションゲームだ。


「無理無理。絶対無理です」


 ツクモさんは手と首を振って否定する。


「たぶんクリアは深夜頃になってましたよ。公式チャンネルの時間内にクリアできて良かったです」


 私はスクリーン画面の時計で時間を確認する。時間は22時57分だった。


「ちなみにもし時間オーバーしてたらどうなるんです?」

「普通に延長ですよ」

「それって次の人に迷惑かけるのでは?」

「いえいえ、公式チャンネルと言っても本当にペイベックスの公式専用アカウントを使ってるわけではありません。あくまでていです。アーカイブは公式チャンネルに残りますけど」

「へえ、そうなんですか」


 テレビのチャンネルとは違うってことか。


「オルタさんって、本当に事故で生まれたんですね」


 ツクモさんがくすりと笑う。


「え?」

「いえ、配信に詳しくないので」

「すみません。私、本当にあの事故の時までVtuberを全く知らなかったんですよ」

「珍しいですね。配信動画とか見ないんですか?」

「ギガが無くなるので動画系は見てなかったんです」


  ◯


 その後、私達は後片付けをして配信ルームを出て、ツクモさんは3階の受付でルームキーを返却した。


 そしてツクモさんがちょっと話があるとのことで初めに打ち合わせをした席に戻った。


 話とは連絡先の交換のことだった。


「いやあ、すみません、連絡先を交換するのを忘れていて」

「いえいえ、こちらこそ忘れてましたし」

「この後、打ち上げしたくても時間がないので今日はこれで」

「はい」

「打ち上げは公式チャンネルのホラゲー配信が全て終わってからしましょう」

「いいですね」


 そして私達はスタジオを出る。


「宮下さんはJR線ですか?」

「はい。ツク……ええと」


(名前なんだっけ?)


「朝霧由香です」

「すみません」

「いいんですよ。V名義もあると人の名前を覚えるのも大変ですよね。私も今だに相手の本名とV名義がこんがらがって、言えなかったり間違えることがありますよ」


 そう言って朝霧さんは笑う。


「それで朝霧さんはJR線ではないんですか?」


 地元? それともバス派かな?


「私は地下鉄なので」


 そっちか。


「じゃあ、私はこれで。お疲れ様でした」

「お疲れ様です」


 私達はスタジオの前で別れた。


  ◯


「ただいま」


 私は家に帰り、リビングのソファに座る。

 座った瞬間、先程までなかった疲労を強く感じた。


「疲れたー」


 自然と声が出た。


「おかえり。ご飯は?」


 食器洗いをしていた母が聞く。


「食べる」

「あら? 食べてきてないの?」

「食べてないよ。食べてたら終電に間に合わないよ」


 てか、食べてると思ってるなら『ご飯は?』なんて聞かないでよ。


「そう。なら温めるから、ちょっと待ちなさい」


 母は食器洗いを中断して冷蔵庫を開ける。


「ご飯何?」

「オムライスよ」


 冷蔵庫から母はオムライスを載せた皿を取り出し、電子レンジを使って温め始める。


「佳奈は?」

「部屋だ」


 テレビを見ていた父が答えた。


「気をつけろよ」

「え?」


 するとドタバタと階段を駆け下りる音が。そして佳奈がリビングにやってきた。


「お姉ちゃん!」

「何よ?」


 なんか怒ってるんでけど、どうして?


「今日、読書感想文で怒られたのよ!」

「なんで?」

「小説を読んでないことがバレたの」


 確か佳奈は『高慢と偏見』の読書感想文を書いたんだっけ。


「原作と違ってた?」

「全然違ってたわ!」


 佳奈が声を張って答える。そしてソファにどすんと座った。


「声でかい。どう違ってたのよ」

「原作にゾンビはでない!」

「あれ? ゾンビでないの?」

「映画はアレンジというか原作を用いれたゾンビ映画なの! もう別物なの」


 スマホで調べてみると確かに佳奈の言う通り、映画は全く別のものと言っていいものだったらしい。


「先生から皆の前で注意されるわ。皆からは笑われるわで酷い目に遭ったわよ」

「そもそもそれはあんたがちゃんと読んでおかないのがいけないんだから」

「むぅー」

「で、どうなったの?」


 私は続きを聞く。


「来週の月曜日までに提出だって」

「良かったじゃない。穏便で。私の時だったら、感想文とあらすじだったよ」


 しかもこのあらすじが序盤だけではなく、最後までを書くタイプで、原稿用紙5枚以上8枚以下のもの。


「お姉ちゃんのときもクラスメートの誰かが偽造とかして、それが教師にバレたりしたの?」

「私の時は感想文をネットで売ってる人がいて、クラスの何人かが同じ人から買っていて、それで感想文が同じだということで調査が入ったの。そして感想文をネットで買ったということが教師にバレたの」

「ネットで感想文が売ってるの?」

「それ聞いたことがあるわ」


 母が温めたオムライスを載せた皿を持ってやってきた。

 私はオムライスとスプーンを受け取り、食べ始める。


「聞いたことあるって?」


 佳奈が母に聞く。


「ニュースで話題になってたじゃない。フリマアプリとかで読書感想文を売ってるとか、夏休みの宿題代行サービスとか」

「宿題代行サービス! そんなのあるんだ。私もそれ使えば良かったなー」

「駄目よ。宿題は自分でやらなきゃあ」

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