第52話 マネージャー【福原岬】
「福原さん、大変です!」
ランチから戻ると男性職員が廊下を走って近づいてきた。
「廊下を走っては駄目でしょ」
「そんなこと言ってる場合ではないですよ。鮫島さんが課長に詰め寄ってるんですよ」
「なんで──ああ、なるほど」
なんでだろうと思ったがすぐにあのことだと理解した。鮫島は明日空ルナのマネージャー。たぶん炎上の件で上が指示する命令内容でブチギレたのだろう。
「あの人を止めてください」
「分かったわ」
鮫島は女だ。それを
「どこ?」
「小会議室です。課長を捕まえて今も抗議しているんですよ」
私は男性職員に案内されて小会議室に着く。
その小会議室前には野次馬がいた。私が到着すると野次馬はモーゼの海割りのごとく、私のために道を作る。
私はドアをノックして、中の返事を聞かずにドアを開けた。
「誰!」
甲高い声がドアを開けた私に発せられる。
「せ、先輩!」
声の主は私と知ると申し訳ないように覇気を萎める。
「福原くん、助かった」
課長が鮫島に首元を掴まれて壁に追い詰められていた。
「鮫島、落ち着きなさい」
「で、でも」
「課長の首元を掴まないで」
「……はい」
鮫島が課長の首元から手を離すと、
「助かった。あとは頼むよ」
と課長が脱兎の如く、ドアに向かう。
「てめえ、ハゲ、逃げんなや!」
鮫島は課長の背に向けて暴言をぶつける。
(忘れてないか? これでも上司だぞ)
鮫島はよく言えば竹を割ったような性格。悪く言えば辛辣を放つキツイ性格。しかも男性に対して親を殺されたのかと言わんばかりに毒舌がキツイ。
しかも鮫島はかなり見た目が良く、本人もそれを自覚していて、男性社員が少しでも触れれば、セクハラと猛抗議。触らずとも少しでも胸元を見たり、差別ではなくても男女区別するような発言でキレる。
だから男性職員が先の鮫島の課長との詰め寄りに割って入ることが出来ず、かといって女性職員でも啖呵を切った鮫島を止めることは出来ない。
それで先輩としての私なのだろう。
「鮫島、落ち着いて。どうしたのよ。あれでも上司よ。その上司に啖呵切ってどうするのよ」
「だって! ……うぅ」
鮫島は唇を尖らして、少し俯く。
「明日空ルナのこと?」
「そうですよ! 聞いてください! ひどいんですよ!」
俯いてた鮫島が急に顔を上げて、私の肩を掴む。
「痛い痛い。話を聞くから、手を離しなさい」
「すみません」
「で、何?」
「私に話を通さずに勝手に駒沢鈴音さんに連絡を取って、明日空ルナの卒業話を持ちかけたらしいんですよ!」
「それはまあ、ひどいわね」
しかし、ここで鮫島を通すと面倒なことになると思って、上は内緒で連絡をしたのだろう。
「だから課長を捕まえて抗議したんです」
鮫島はいかにも自分は正しいことをしたと言わんばかりに胸を張る。
(あれは抗議か?)
「気持ちは分かるけど、やりすぎよ。逆の立場で考えなさい。課長が暴力振るったらどうする?」
「パワハラです。訴えます」
「なら物騒なことはやめなさい」
「で、でも」
「明日空ルナの件はまず炎上をどう鎮めるかを考えない。それと夏希さんのメンタル面を考慮しないと。彼女、今はどうなの?」
Vtuberは普段からアンチからの攻撃がありメンタルがやばかったりする。炎上となればメンタル面は相当大変なはず。うつ病になってもおかしくない。
「姉の鈴音さんとは連絡は取れるのですが、夏希とは連絡が取れないのです」
鮫島が肩を落として言う。
「鈴音さんはなんか言っていた?」
「夏希さんは少し塞ぎ込んでいると。あと、卒業の件は……二人で相談した結果、致し方ないと」
運営側そして演者の双方が卒業を決めたとなると口を挟むことは難しい。
「卒業させたくないならコンタクトを取れるようにしなさい。卒業前に顔を合わせて話をしたいとか言ってね」
「はい」
「メンタルが弱ってる時は弱音から急に暴言を吐いたりとジェットコースター並の揺れ幅があるから気をつけるようにね」
「分かりました」
「あと課長は上司だからね」
「……分かりました」
目を逸らして鮫島は言う。
(こいつ、分ってねえな)
◯
「ご苦労だったわね」
Vtuber課の自席に戻ると同期の谷原が声をかけてきた。
「……あのね。あの子はあんたが指導した後輩でしょ?」
野次馬の中にこいつがいたのを私は知っている。
「いやいや、キレたあの子は手がつけられないわよ」
谷原が手を軽く振って答える。
「女性の先輩に対しては素直よ」
「素直なのはあんたに対してだけよ」
「そんなことないわよ」
「で、あの子は?」
「腹減ったのでランチに行くって」
「ああ。課長がランチに行こうとしたとこを捕まえたもんね」
「私が来た時ってランチ終わりよね。どんだけ詰め寄ってたのよ」
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