第51話 お礼と謝罪。そしてファンについて。

「この度はうちの妹を助けていただきありがとうございます」


 対面に座る駒沢鈴音さんが深く頭を下げる。


 今、私と鈴音さんは喫茶店にいる。鈴音さんから先日の件でお礼を言いたからとのことで呼ばれた。


「いえ、そんな。ご無事でなりよりです」


 そんなにきちんお礼を言われると逆に困る。それにたいしたことはしていない。下敷きになったスタッフさんは置いてけぼりにしたし、それほど良いことをしたとは思えない。


「これはその時のお礼です」


 鈴音さんはテーブルに紙袋を置き、こちらへと動かす。


「そんな。お礼だなんて、別にいいですよ」

「そんなこと言わずに受け取ってください」


 鈴音さんはさらに紙袋をこちらへと移動させる。


「……分かりました」


 私は紙袋を受け取り、ソファに置く。


「それに……炎上で多少はそちらにも迷惑をかけてしまって、すみません」


 今度は謝罪で鈴音さんは頭を深く下げる。


「いえいえ、全然荒れてませんので」


 私はエゴサとかしないので直接見たわけではないけど佳奈曰く、「私達は問題ない」と言っていた。


「夏希さんは……その、大丈夫でしょうか?」

「体の方はなんとも……」


 鈴音さんの顔に影がかかる。


 きっとネットの炎上のことで夏希さんは苦しんでいるのだろう。


「あ、あの、あまり……ネットでのことは気にはしないでください」

「ええ。……ただ、夏希にもネットのことは気にしてはいけないと伝えてはいるですけど……」


 鈴音さんは苦笑する。


 まあ、見るなと言われると見ちゃうのが人というもの。


「実はもうVtuberを辞めようという話をしているのです」

「そんな!」


 衝撃的なことだった。しばらく休業ならまだしもVtuberを辞めるだなんて。


「私はもう少しはやりたいなと思ってるんですけど」

「なら!」


 鈴音さんは首を振り、


「ネット炎上もありますし。このまま続けるとペーメンの皆様にもご迷惑でしょ」

「迷惑だなんて! そんな!」

「いいんです。それに夏希の方はもうやる気ないらしくて」

「本当に辞めるんですか?」

「はい」

「おかしですよ。車椅子障がい者だったということで辞めるなんて」

「でもリスナーを騙していたのは本当のことですし」

「それはダンスとか動作モーションでしょ?」

「それでも……それでも私達がリスナーを騙していたことに変わりはありません」


 鈴音さんは沈痛な面持ちで答える。


「それに運営の方も明日空ルナを卒業させると決めていますし」

「嘘!」

「運営から連絡があって、来週辺りにはネットで発表がなされると思います」


  ◯


 喫茶店から家に帰り、私はリビングのテーブルにお礼の品が入った紙袋を置く。

 そして佳奈の部屋に向かい、先程の鈴音さんとの会話を佳奈に話した。


「夏希さんも鈴音さんもVtuberを辞めるんだって」

「そう」


 佳奈は一言だけそう言った。


「そうって、あんた」

「二人が決めたことなんでしょ?」

「それはそうだけど……」


 だからって冷たくない?


「それに炎上の解決方法もないんだし」

「本当に? 逆にその炎上さえ解決できれば、なんとかならない?」


 問題は炎上なのだ。その炎上さえ終われば、二人が辞めることもないはず。


「なんとかって、どうやってよ?」

「佳奈は何か解決案とか知らない?」

「知らない」


 それもそうよね。佳奈はまだ高校生。大人だって知らないんだもん。高校生が炎上の解決法なんて知ってるわけないよね。


「ねえ、まさか配信で炎上について何か言おうとしてないよね?」

「駄目?」


 実は言おうとしていた。これ以上、明日空ルナを叩くのはやめてと。


「駄目。絶対」


 即答された。しかも強く。


「そんなことしたら私達も炎上するわよ」

「何も間違ってないのに?」

「騙した人を庇えば、攻撃されるから」

「だからって、このままで──」

「どうにもできないのよ」


 佳奈は私の言葉を遮り、そして溜め息を吐いて額に手をやる。


  ◯


 私は自室で瀬戸さん電話して炎上の解決法について尋ねた。


『ないね』

「何もない?」

『ない。こればっかは分からないわ』

「そうか」


 瀬戸さんでも知らないか。


『炎上の解決って、やっぱ明日空ルナの件?』

「うん。炎上中だからね。なんとかならないかなーと思ってね」

『あれは可哀想よね。チャンネル登録者も減ってるし、フリマアプリのウルCOWでもグッズが低価格で出品されているしね』


 そこまで被害が出ているのか。


「瀬戸さんは怒ってる?」

『私? 私はルナのファンでもないから車椅子障がい者だろうがどうでもいいけど』

「ふーん。ねえ、もしメメが車椅子障がい者だったら怒る?」

『それは……別にかな? 喋ってるのはメメちゃんだし。これといって怒ったりしないかな』

「じゃあ、なんでルナさんのファンは怒ってるの?」


 少し瀬戸さんは考えてから、


『車椅子障がい者のVtuberは明日空ルナだけなのよね?』

「え? うん。たぶんそうだよ。他に車椅子障がい者の方は見たことないけど」

『だとしたら……自分達だけってことかな?』

「自分達だけ?」

『そう。掲示板とかSNSとか見てたんだけど、彼らは自分達だけ推しのVtuberが車椅子障がい者だってことで怒ってるということなんじゃない?』

「え? ん? どういうこと? ちょっと意味わかんない」


 自分達だけ推しが車椅子障がい者だったから?


『えーとね、ファン同士でぶつかることって結構あるのよ。いわゆるマウントってやつ?』

「なんでそんなのがあるの?」

『明日空ルナって2期生でも3期生でもないでしょ?』

「うん」


 確か元は2期組に組まれる予定だったけど、事故で0期生組になったと言っていた。


『0期生って特別視されるのよ。だから一部のファンは特別……いえ、神聖視して崇拝レベルまで昇華しているし、それと一部の別の推しファンからは後から出てきたのに0期生になった明日空ルナを、そしてルナファンを嫌っているのよ』

「え、そうなの?」

『ファン同士の殴り合いって結構あるわよ。あっ! 実際に殴るのではなくてレスバだから』


 レスバってコメントでの言い争いだっけ。


『それで車椅子障がい者だとレスバでマウントが取れなくなったからファンを辞める人がいるらしいの』

「何それ? レスバでマウントを取らせるために私達はいるんじゃないのよ」


 ファンは私達を応援するものでしょ?

 私達Vtuberはファンが偉ぶるための武器じゃないんだから。

 別の推しファンにマウントを取りたい? 馬鹿じゃないの?


『勿論、そういうのは一部よ』

「そんなファンがいたなんて」

『ルナファンにはそういうファンが多かったってことね』

「0期生だから?」

『たぶんね。さっきも言ったけど神聖視している奴もいるからね』

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