第27話 明日のこと【豆田夢加】

「いいな、いいな〜」


 瀬戸さんグループの子、あらたさんが不貞腐れた顔でテーブルに頬杖しながら言う。


 社会学Bが終わったあと、私達は食堂でお茶をすることにした。

 本当はこの後、講義がないので帰りたかった。もしくは別のところでお茶をしたかった。


 そして履修出来なかった新さんと合流し、彼女が今、私達に向けて羨ましそうに言ったところだった。


「でも、人が多かったわよ」


 と、天野さんが辟易したように言う。


「それだけ人気でイケメンなんだ。いいな〜」

「あんた、彼氏がいるのに良くそんなことが言えるわね」

「それとこれとは別じゃん。ねえ、なんですぐ教えてくれなかったの?」


 新さんが恨みがましく私達に向けて言う。


「私、先生のこと知らなかったから」


 と、瀬戸さんが言う。


「私も」


 というか知ってたら、どう教えろと。もともと瀬戸グループとは学部も違うし、付き合いはない。


「宮下さん?」


 新さんがぼんやりしている千鶴に声をかける。


「あっ、ごめん、何?」

「聞いてなかったの? イケメン先生のこと。なんで教えてくれなかったのさー?」

「テレビに出てるとか知らなくて。ごめんね」


  ◯


「ねえ、どうしたの?」


 私は先程からどこかぼんやり気味の千鶴に声をかけた。


 瀬戸グループとは別れ、私と千鶴は帰宅へと足を向けていた。


「ん? 何が?」

「今日さ、ときどき、ぼんやりしてたけど、何か考え事でもあるの?」

「いや、別に」

「この前の……島村っていう人のこと?」

「……違うよ」


 目を逸らされた。


 この子って、本当に嘘が下手ね。


「嘘でしょ?」


 さっさと答えろと視線を送ると、千鶴は観念したのか話し始める。


「まあ、その、うん。土曜、というか明日に学校で話すことになってね」

「学校……ここで?」

「うん。なんか相談事があるとかで」

「変なことに巻き込まれるんじゃない?」

「そんなことないよ。あの人はゲームで知り合った人で、悪い人ではないのよ」


 知ってるから。その島村涼子がペイベックスVtuber4期生の銀羊カロだってことも。


 けれど私も千鶴の前ではVtuberのことを名乗ってないから、知らぬふりをしないといけない。


「どうだか? 代勉とかサークル部員の名義貸しとか面倒なことを押し付けられるかもよ」

「ま、まっさかー」

「もしかしたら合コンの人数合わせかも」

「ご、ご、合コン!」

「どうする?」

「それはパス」


 そう。私達はVtuber。異性との繋がりはNG。


 中にはガワを外せば別人だからと遊ぶ奴もいるとか。


 一応、社の方針で恋愛NGを強く通しているので、うちのペーメン達は大丈夫。……のはず。


 それに先月は音切コロンの恋愛騒動もあったから、マネージャー達も私達の私生活に目を光らせている。


 ここで下手なことをする馬鹿はいない。

 それも千鶴も分かってるはず。……たぶん。


「他にもさ、『インカレサークルの皆で、イベントをするんだけど、手伝える人が足りなくて困ってるの』みたいな。で、行ってみるとクラブでパーティー」

「いやいや、それは私もすぐに怪しいから断るよ」

「どうかしら? 『簡単な仕事。野菜を切るだけだから』で誘ってきたらどうする?」

「うっ」

「ほら。拒否は難しいでしょ?」

「なんでそんなに涼子のことを疑うのさ」


(涼子! 呼び捨て!)


 まさかここまで仲が良くなってるなんて。


「べ、別に疑ってはないわよ」

「今、声が震えたよ」

「これは別のでよ」

「別の?」

「なんでもない! それより、どんな相談事になるのか危機感を持たないと!」

「危機感って、涼子は悪い子ではないって」

「知り合って間もないんでしょ?」

「ま、まあ、そうだけどさ」

「あれ? 二人ともまだ残ってたの? 帰ったと思ったよ」


 そこへ誰かが声をかけてきた。

 振り向くと、その声の主は種咲だった。


「まさか待ってくれてた?」

「「違う」」


 私と千鶴はハモって否定する。


「で、何を言い争ってたの?」

「別に」


 と、千鶴は目を逸らす。


 代わりに私が、


「千鶴が明日、最近知り合った工学部知的財産学科の子に相談事があるからということで会うんだって」


 工学部知的財産学科を強調して言う。


「会うっての決まってるの?」


 種咲は千鶴に問う。


「うん。明日にね。相談の内容はその時にって」

「怪しいよね?」


 私は種咲同意を求めるように聞く。


「まあ、内容を話さないってのは怪しいよね」

「ほら!」


 仲間が増えて私は自信を持つ。


「でも、千鶴はどう考えてる?」

「私? 私は別に問題はないのかなって思うけど」

「なら、会うだけ会ってみたら? で、怪しいと思ったら逃げればいいじゃん」

「ちょっ、種咲!」

「まあまあ、千鶴も大丈夫って言ってるんだし」


 そして種咲は私の耳元へ口を近づけて、


「どうしても心配なら、けてこっそり聞き耳立てればいいじゃん」


 と言って、ニヒヒと笑う。


「もう!」

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