第28話 松任谷美菜
土曜の昼前、私は大学に行くために着替える。
そしてリビングにいる母に大学へ行く旨を伝える。
「あれ? 今日は土曜だよ?」
母ではなく妹の佳奈が先に反応した。
「大学に用があるの」
「なんの?」
Vtuber4期生銀羊カロに呼ばれたと伝えるべきか迷ったが、そうなると色々と話さないといけないので、時間の無い私は、
「大学のこと。後期が始まったから履修のことでね」
「ふうん」
興味を無くしたのか、佳奈はスマホに目を向ける。
◯
大学は基本的に月曜日から金曜日まで講義があり、学生は講義を取り、出席している。
なら土曜日は休みかといえば、そうではない。土曜日にも講義はある。
それは資格系の講義。そのため、ある程度は学生が校内にいる。
そして資格系の講義受講者以外にもゼミやサークル、その他の目的で大学に登校しているものもいた。
(思ったよりいるんだ)
土曜日にも学生がいるというのは聞いていたが、初めての土曜日登校に私は驚いた。
そして私は待ち合わせ場所の食堂に向かった。
食堂もいつもならこの時間帯は大勢の学生がいるが今日はまばら。
約束の時間より10分早く着くと、銀羊カロこと涼子が先にいた。
「ごめん、待った?」
「全然。というかまだ10分前だよ」
私は席に座り、
「それで相談とは?」
「お!? いきなり本題?」
「あっ、いや」
ここはちょっと雑談を交わすべきだったかな。
「いいの、いいの、私もそのつもりだったし。それに本人もそわそわしちゃうしね」
「本人?」
「実はね、会って欲しい子がいてね」
誰かを紹介するということか。どんな人だ? サークル系? ボランティア系?
「美菜、こっち!」
涼子は後方の少し離れたところに座る女性を手招きする。
茶髪の小さい女の子がおずおずと立ち上がり、そしてこちらへ緊張しながら近づく。
その子は私に一礼して、涼子の隣に座る。
「この子は……あんたから自己紹介しなさい」
「うん。ど、どうも。松任谷美菜です。文学部2年生です」
ぺこりと松任谷さんはお辞儀をする。
「同じく文学部2年生の宮下千鶴です」
私も自己紹介をする。
「本当は初めから座っておきなさいと言ってたんだけど。私は離れたとこに座ってるから来たら紹介してって」
と、涼子がやれやれと告げる。
「そ、それは、2人だと怪しまれるから!」
松任谷さんが反論し、唇を尖らす。
「はいはい。あと、この子、Vtuberね」
「Vtuber!?」
「私、ペイベックスVtuber0期生の勝浦卍です」
「卍……この前の人狼ゲームの時の!」
前に佳奈が大規模コラボ配信でやったゲームで、タイトルは……なんだっけ?
あの時、私は見る役だったけど、佳奈が途中で切れたので私が代わりを務めたのだ。
「はい。その節は妹さんにはすみませんでした」
「いえいえ、うちのも途中退席ですみません」
お互い謝罪し合う。
「で、2人って同じ文学部だよね。顔見知りではないの?」
涼子がふとそんなことを聞いてきた。
「文学部は人が多いからね」
それに大学は高校とは違い、クラス教室はなく、受講する講義も必須科目を除いて自由。
人との関わりも薄く、同じ学部でも名前を知ることもなく、学生生活を終えることもある。
「私はフランス文学科だから」
松任谷さんが恐縮しつつ言う。
「へえ、フランス文学か」
フランス文学科は女性に人気の高い学科で偏差値も高い。
「私もフランス文学科に行きたかったけど、倍率が高かったからやめたよ。すごいですね」
「いえ、たまたまです。運が良かっただけです」
松任谷さんはあわわと手を振って否定する。
「それでなんだけど、この子と仲良くしてくんない?」
「え?」
「この子、友達いないのよ」
そう言って涼子は肩を
「もしかして、相談とはこの事ですか?」
「そう。この子、ボッチなの」
「ま、前は友達いたんです。で、でも、その子、大学辞めたから」
と言って、松任谷さんは
「それで今は独りなのよ。だから、仲良くしてやってくんない? 私は理系だからさ、学部だけでなく、キャンパスも違うから。何もできないのよ」
「まあ、いいですけど」
同じペイベックスVtuberだし、仲良くなって問題はないはず。
「ほ、本当ですか!?」
松任谷さんがぐっと身を乗り出す。目はキラキラと輝いている。
「え、ええ」
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