第26話 履修
『それで折り合って、お願いがあるんだけど』
涼子がおねだりするような声音を発する。
「……なんですか?」
ここまで教えてもらってからでは拒否は出来なかった。
というか、向こうもそれを承知で6期生のことを話したのではないかな。
『ここでは、なんだから今度の土曜に大学でお話ししない?』
土曜日……明後日か。
「大学で……ですか?」
どうして今ではないのか。しかも大学。
『うん。大学絡みだから』
大学絡み……なんかめんどくさそうな気がする。
「ええと、どちらのキャンパスで?」
『そっちでいいよ。私、土曜にそっちのキャンパスで用があるから』
「分かりました」
『それじゃあ、今週の土曜お昼、大学の食堂で』
「はい」
◯
6期生の件について佳奈はどこまで知ってるのか。
根津剣郎、そして元6期生の道端ニャオ。この二人が先月の問題に関わってることを知っているのだろうか。
(もし知っていたら私に何か言うはずだし)
佳奈は何も知らないのかもしれない。
直接聞けばいいことではあるが、もし知らなかったからややこしくなりそうでもある。
これで6期生についてイメージを悪くして、最悪、今回のコラボを中止したらどうなるのか。
(猫泉ツクモは悪くないだろうし。変に波風立てるより、無言でいるのがいいのかな?)
ここはマネージャーの福原さんに連絡してみようかな。
私はスマホで福原さんに電話をかける。
「…………」
だが、繋がらなかった。
仕事で忙しいのかな。
◯
翌日、大学の講義を一つ終えて、次の講義がある教室へ移動する時、友人の種咲が、
「あんた達は次、社会学Bだっけ?」
「そうだよ。中央校舎だから遠くてさ」
「でも、良いじゃん」
「? どういうこと?」
「おっと、私、準備しないといけないから、お先に」
と言って、種咲は小走りで去っていく。
「良いって、どういうこと?」
私は豆田に聞く。
「さあ?」
豆田も種咲の言った意味が何なのかさっぱりのようだ。
そして私達は社会学Bの講義がある中央校舎へと向かう。
「……なんか人、多くない?」
進むたび、人の数も多くなっていた。
いつもならこの時間は悠々と走ったり、スキップできるほど余裕のある道。
それが今、混雑とはいかないが人の数が多くて、どことなく歩幅も周りに合わせないといけない。
「そうね。中央校舎に向かうたびに人の数も増えてる気がする」
豆田も異変に気づいていたらしい。
「何かあるのかな?」
そしてその謎が解けたのは社会学Bの講義が行われる一階の講堂に入った時だ。
「何? この人だかり?」
雛壇型の講堂に大勢の学生がいたのだ。
そしてその学生のほとんどが女性だった。
「二人ともこっち!」
瀬戸さんがこっちだと手招きする。
「こんにちは」
なんと天野さんがいた。
「こ、こんちには」
「どうも」
私達は挨拶して、席に着く。
「えーと、天野さんもこの授業履修していたんだ」
「ええ」
済ました顔で天野さんは言う。
「正確には履修変更してね」
と、瀬戸さんが答える。
「ちょっと!」
天野さんが余計なことを言うなと視線を投げる。
「履修変更?」
「そうなの。涌井先生目当てにね」
瀬戸さんがニヤついた顔をして教えてくれた。
「何で言うのよ!」
「別にいいじゃん。周り見てみなよ。皆、そうなんだし。隠してどうするの?」
「皆ということは、今日、人が多いのも……」
「そう。イケメン先生、目当てってこと。それで大勢の学生が急遽履修変更してこうなったのよ」
と言って瀬戸さんは肩を
「へ、へえ」
周りを見ると女性が圧倒的に多い。
それはイケメン先生の講義を取りたいがために履修変更したのか。
履修変更は履修届の締め切り内であれば一度変更が可能である。
「そんなに人気なんだ」
確かにイケメンではあったが。履修変更してまで受講するか?
「知らないの? ネットで話題のイケメン過ぎる講師で有名な人よ」
天野さんがそんなことも知らないのという態度で言う。
「そ、そうなんだ」
知らねえよ。何? そのイケメン過ぎる講師って。
「テレビに引っ張りだこなんだから」
「それはすごいね。でも、それなら事前に分かっていたんじゃないの?」
講師の名ですぐ判明したはず。
それに1回目は涌井先生のことを知っているは人はいなかった。
いや、黄色い悲鳴を上げていた子は知っていたのかな。
「まさかうちの学校にくるとは分からなかったし。それにテレビとかではネット文化系の専門講師で呼ばれていたから、社会学の講師とは思わなかったの」
「で、あまりにも履修希望者が多いから、漏れた子もいるらしいわよ」
瀬戸さんが苦笑して言う。
漏れたとは履修出来なかったということ。
雛壇型の講堂での授業は席が多いため、履修出来ないというのは珍しいことである。
そして涌井先生が講堂に入ってくると黄色悲鳴が上がった。
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