第76話 コラボ当日【朝霧由香】

 今日に限って、朝早く目が覚めてしまった。


 スマホで時間を確認すると朝の7時17分。


 普通の人ならこの時間に起きるのは当然のことだろう。


 だけど、私達Vtuberは違う。

 昼夜逆転上等の生活をしている。


 昨夜はレトロゲーム『スーパーハリオ』をゲーム実況して、深夜2時に終了。寝たのが3時半だった。そして今は7時。約4時間しか寝ていないことになる。


(もう一度寝よう)


 私はベッドの上で横になる。


 けれど、眠気がさっぱりないため、意識が落ちることはなかった。


 仕方ないのでリビングに向かう。ソファに座り、テレビを点けるとテンション高めのMCが芸能ニュースを報じている。


 目はぱっちり冴えているけど、脳が冴えていないため、MCの声が二日酔いの如く頭に響く。


 それで私は耳障りなMCの声から逃げるようにキッチンへ向かう。

 キッチンの冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出して、キャップを開けて一口飲む。


 その後で溜め息が漏れ出る。


 それは赤羽メメ・オルタとのコラボだからだろうか。コラボはペイベックス公式チャンネルを使ったホラゲー配信。そして今日が最終日。


 ゲームタイトルは『ワラビアナ』。本作はインディーズメーカーでありつつも、美麗グラフィックと和風ホラー、それと知恵とタイミングを上手く使わなければいけない手に汗握るアドベンチャーパートが面白く、さらにプレイ時間が平均5時間というインディーズでは驚きの大ボリューム。それゆえホラゲー界隈では『ワラビアナ』は話題になっている。


 ホラゲー好きのVtuberもほとんどがプレイしている。

 そしてプレイ後の彼らはこう言う「怖かった」、「バッドエンディングが怖い」、「アレに出くわさないよう慎重に動くのがスリル満点」と。


 しかも、とある雑誌の記事では「暑い夏にはこの最恐ホラゲーで涼もう!」という言葉が書かれていた。


 ホラーが苦手な私には敬遠したくなるような言葉。


 しかし、私の憂鬱はこれが原因ではない。


 オルタがコロナということで、4期生銀羊カロが代打として参加することになったのだ。

 カロは以前のトラブルで6期生に対して警戒気味のはず。


 上手くいくかどうか不安だ。

 ポジティブに考えようとしても、イメージが出来ず、私は溜め息をつく。

 ポケットからスマホを取り出して、画面を見ると6期生のメンバー達からメッセージが届いていた。


『今日がコラボ最終日だっけ? 頑張れ!』

『配信楽しみにしてるよ!』

『今まで経験を活かして頑張れ!』

『応援してるよ!』


 送られたメッセージの日付と時間を見ると『スーパーハリオ』の配信後だった。


 今日までオルタとのコラボ配信で応援メッセージなんて送ってこなかったのに、今日に限っては同期から応援メッセージが送られた。


 最終日だから?

 それとも4期生銀羊カロとのコラボになったから?


 …………後者だろうな。


 私は彼女達にメッセージを返信する。


『頑張るよ。応援ありがと』


 けれど、心の内では「どうして私が?」と毒づく。


 だって、あの件で本当に関わりがなかったのは私と音切コロンだった。

 しかも当時、音切コロンはミスをしていて、結局100%無罪なのは私だけ。


 その私が彼女達の尻拭いのように銀羊カロとコラボ。


 気が滅入る。

 でも、オルタや勝浦卍が色々と手を回してくれたから今がある。


 ならばこれをチャンスとして受け入れていこう。

 勝浦卍は大丈夫と言ってくれた。


 私は意気込むようにミネラルウォーターを飲む。


「…………でもなー」


 弱音が漏れ出る。


 やはり不安であった。

 意気込んでおいて、すぐに弱音を吐くとは。自分でも情けないと思う。


  ◯


 コラボ最終日のホラゲー『ワラビアナ』は長時間プレイが見込まれるので、スタジオでの完徹となっている。


 予定配信時間は午後10時から日を跨いて午前4時と考えている。


 私は午後8時半にスタジオに到着して、受付で手続きをして、スタジオ内の配信部屋でパソコンのセッティングを済ませる。


 午後9時半頃、私はエレベーター前の休憩エリアにて椅子に座りつつ、銀羊カロを待つ。

 待ち時間は数分程度で銀羊カロはすぐに現れた。


 カロはキャップにマスク。前面に小さなプリントのある白のシャツにデニムのパンツとサンダルといったラフな服装。持ち物はリュックサックを右肩にかけている。


「おはようございます」


 私は席を立って、カロを出迎える。


「おはよう。今日はよろしくね」

「はい。こちらこそよろしくお願いします。セッティングは済ませています」


 私はカロを配信部屋へと案内する。


「急な申し込みですみません」

「ううん、気にしないよ」


 配信部屋に入って、まず私は今日の予定を説明する。


「オッケー。『ワラビアナ』楽しみだね。今日は完徹だって言うから色々持ってきたよ」


 と、カロはリュックからポテトチップスやグミ等を取り出す。


「私も一応、持ってまりいました」


 スタジオに来る前にコンビニで買っておいた品々が入ったレジ袋をテーブルに置く。


「おっ、いっぱい」

「お好きにどうぞ。ただ、配信の時は……」

「わかってるよ。音には気をつけるよ。それとキーボードやマウスに食べカスが乗らないようにする。床にもこぼさないようにもね」

「よろしくお願いします」


 前に食べカスを床に散らばし、掃除もしなかったため、ゴキブリが繁殖したという事件があった。


 さらには殺虫剤を振り撒いて、小さい爆発まで発生させたとか。


 それ以来、配信部屋では食べ物の持ち込みは事前に受付で言っておくこと。そして配信後には掃除が義務付けられている。


 時間を確認すると午後10時になろうとしていた。

 私はスタンバイモードを切って、画面を点ける。


 私のスクリーンには『ワラビアナ』のゲームスタート画面。

 暗く、いかにもホラーチックな画面におどろおどろしいBGMが鳴る。


 カロのスクリーンにも同じように『ワラビアナ』の画面が映っているが、私の画面と違うのはカロのスクリーンは私の配信画面。つまりプレイは出来ず、見るだけ。


 カロは使わないキーボードとマウスを端に置いて、ヘッドフォンを装着しようとする。そこでスマホがメッセージの通知音が鳴る。


 カロは一旦ヘッドフォンを首にかけて、スマホ画面を確認する。


 そこで私のスマホにもメッセージの通知音が鳴った。


「おっ! 卍やメメからメッセージだ」

「私にもメッセージがきました」


 さらにまた一つメッセージの通知音が鳴る。

 今度は星空みはり先輩だった。


「おお! みはり先輩じゃん。配信楽しみだって!」


 カロが大喜びをする。


 確かカロは星空みはりの大ファンだった。推しからのメッセージで喜んでいるようだ。


「みはり先輩をがっかりさせないためにも頑張ろう!」

「はい」


 そして時間は午後10時になり、ゲーム実況がスタートする。

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