第36話 最終日①
「それでは皆さん、忘れ物はありませんね?」
福原さんがバンに乗った私達に聞く。
『ありません』
「では、出発します」
福原さんがアクセルを踏み、バンを出発させる。
窓景色から避暑地が消えて、野原と車道の景色に変わる。
「神社に寄るって聞いたけど、そこの神様が歌の神様だから?」
私は隣の佳奈に聞く。
「うん。それもあるけど、途中で休憩が必要だからね」
「休憩?」
「私達には休憩が必要なのよ」
後ろの席に座る葵さんが答える。
まあ、確かにここからだと東京まで4、5時間ほどかかる。
「でも聞いたところによると帰り道から反対方向とか?」
「大丈夫。ちょっと遠回りになるけど、そこから高速に乗れるから」
それに対して私と福原さんを除く皆も強く頷いた。
「峠、走りたかったです」
福原さんが残念そうに言う。
『結構です』
これまた私と福原さんを除く皆が口揃えて言う。
◯
「ナビでは……左の道なのですが?」
福原さんがナビ画面を見ながら険しい声で言う。
それもそうだろう。
ナビには10メートル先を左折と指示している。
10メートル先には確かに道はあるのだが──。
「ここでは……ないのでは?」
助手席に座る照さんが言う。
ナビが指示する道は
しかもその畦道は少しくねった坂道になっていて、森へと続いている。
「危なくない?」
海さんが坂道を見て言う。
「絶対ここじゃないでしょ? 車一台分の幅だし、坂から落ちたら大変よ」
坂の両端は小さい崖。
「それに向かいから車が来たらどうするの?」
道が細いし、くねってるからバックは大変。
「少し戻ってみようよ」
「でもナビが……」
「福原さん、そのナビ古いのよ。絶対イカれてる」
そうこうしていたら一台の車が森から出てきて、坂道を下ってきた。
「あっ、車ですよ。やっぱここなんですよ」
「いやいや、たぶんあの車も間違えて戻ってきたんじゃない?」
「一応、行ってみましょう」
「ええ!?」
海さんの言葉を無視して、福原さんは細い坂道をバンを運転して上り始める。
「うわ、ほっそ」
佳奈が窓から外を見て呟きます。
そして森へと進入し──。
「ほら! 門が閉じてる!」
海さんが前方を指差す。
その前方には門があり、今は閉じていて、道を塞いでいた。
「そうですね。Uターンしましょう」
森の中は広いのでバンをUターンをさせて、元来た道に戻りました。
「では、もうちょっと戻りましょう」
そして少し戻ると上り坂の車道があった。
「これ! これよ!」
海さんが声を大にして言う。
「ナビとは違いますが」
「いいの! てか、どうみても車道」
「わかりました」
車道を走らせるとナビに変化がありました。
「あれ? ナビでは曲がったことになってる! なんで?」
照さんがナビを指差します。
ナビではバンが10メートル左折の道を通ったことになっていた。
「怖っ! このナビなんであんな道に誘導してたの?」
ハルコさんが怖そうに言います。
「あっ! あそこ駐車エリア。福原さん、きっとあそこですよ」
照さんが前方に見えてきた小さい駐車エリアを指差します。
「ナビでもそのようですから停めましょう」
福原さんは駐車エリアにバンを停めます。
「着きました。ここからは歩きのようですね」
◯
駐車エリアにマップがあり、ここから山を登って山頂付近に神社あると記されています。
「なんか人、少なくない?」
海さんが駐車エリアを見渡して言います。
駐車エリアには私達が乗ったバンの他に車が一台あるだけ。
「本当だ。もしかしてマイナーな神社? それとも皆、あの道で行き当たって諦めて帰ったとか?」
葵さんが伸びをして言います。
「なんかマップを見る限り、結構な距離なんだけど」
佳奈が険しい声で言います。
「長いの?」
「お姉ちゃん、ここ見て、距離が書いてる」
「なになに……えっ! 1キロ!」
山道はくねくねと曲がっているせいか距離が長かった。
「もしかしたらクソ面倒だから人が少ないのかもね」
海さんがジト目をして言います。
「まあまあ。森林浴気分で行きましょう」
福原さんが皆のテンションを上げるためポジティブに言います。
◯
「……ねえ、まだなの?」
海さんがもう何度目か忘れた同じ問いをまたしてきました。
「知らない。上を見なさいよ」
ハルコさんがトボトボと足を動かしながら答えます。
「無理。首がきつい」
1キロの山道は私達の体力を削ぐ。
「休憩のためと思ったのに、これじゃあ、疲労が蓄積するばかりじゃん」
葵さんが膝に手を当てて言います。
「神社で休憩出来ますよ。頑張りましょう」
「千鶴は元気だね。……ねえ、私は戻ってもいい?」
「あっ、私も」、「右に同じく」
葵さんだけでなく、照さんと海さんもリタイア宣言します。
「ダメダメ! あと少しなんですから。ここで辞めたら音楽の神様に怒られますよ。さあ、ネバーギブアップ!」
福原さんが手を鳴らして、私達を鼓舞します。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます