第35話 合宿5日目

 長い合宿も明日で最後。

 そして今日はレッスン最終日でもある。


「昨日の富士フェスは楽しめた?」


 レッスンスタジオの教室で鈴音さんが尋ねてきた。


「楽しめましたが、色々大変でした」

「大変?」

「初フェスだったので移動やら人の波とか熱気とか」

「人多いもんね」

「あとトイレとか。行きたいという時に行こうとすると大変ですよ」

「あー。分かります。長蛇の列になりますよね。あっ、地震の時はどうだった? 昨日びっくりしたよね。あれ結構大きかったよね」

「一時演目はストップでした。でもすぐに再開して良かったです。そちらは大丈夫でしたか?」

「私は大丈夫だったけど……」


 鈴音さんが視線を夏希さんへと投げる。


「何よ。私も平気よ。マネちゃんもいたんだし」

「でもこの子、机の下に隠れようとして転んじゃったんだよ」

「うっさい」


 夏希さんは唇を尖らす。


「大丈夫だったんですか?」

「言ったでしょ。マネちゃんがいたんだから」

「……はあ」


 夏希さんはこの話はこれで終いと不機嫌そうにそっぽを向く。


 そこで先生が手を鳴らす。


「はい、皆さん、おしゃべりはそこまで。練習しましょう。今日が最後のレッスンでの気を引き締めてやりましょう」

『はい』


  ◯


「ではレッスンはこれにて終了です。皆さん、お疲れ様です」

『お疲れ様です』


 私達は先生に頭を下げた。


 そして各々は帰宅準備を始めた。


 最後のレッスンだけあって、きつかった。もうしばらくは何も歌いたくない。

 でも、合宿後にテストがあるんだよね。


「あの、先生」


 私はちょっと聞きたいことがあって先生に声をかけた。


「なんでしょうか?」

「私はテストに合格できるでしょうか?」

「わかりません」


 先生は即答した。


 あまりにもきっぱりと言うので私は止まってしまった。少しくらいは迷ったり、悩んだりして合格が不合格になるかを言って欲しかったのだけど、わからないときたか。


「アハハハ、そんな鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしないでよ」


 先生が私の顔を見て吹き出す。


「もう! ひどいです!」


 私は頬を膨らませ抗議する。


「こっちは真剣なんですよ!」

「ごめん、ごめん。でも、貴女が受かるかどうかはわからないわ。竹原さんはクセのある人だからね」

「ちなみにお二人はどう思いますか?」


 私は駒沢姉妹に聞く。


「え? ……ん〜そうね、頑張れば大丈夫かな?」


 疑問系で鈴音さんが答える。


(そういう疑問系が1番困るんだよね)


「私は大丈夫だと思うよ」


 次に夏希さんが答えた。


「本当ですか?」

「Vtuberとしては合格ラインよ。それにオルタのライブ初披露となれば集客も見込めるし」


 これは喜んでいいのかな?


  ◯


 今日もまた鈴音さんに車でコテージまで送ってもらった。


「明日の朝につの?」

「はい。鈴音さん達もですか?」

「私達は昼に発つのよ」

「なんで朝なの?」


 と夏希さんが尋ねる。


「なんか近くの神社に皆でお参りに行くとかで」

「もしかして歌と舞踊に関する神社?」

「はい。そうです。知ってるんですか?」

「まあ、近くにあるってので知ってたけど」

「行ったことあります?」

「ないわね」

「あっ! すみません」


 夏希さんは車椅子だということを失念していた。


「言っておくけど車椅子は関係ないわよ。ただ、あの神社、帰りとは反対方向だから行ったことがないだけよ」

「そうなんですか」

「そうよ。それとこの時期虫が多いから気をつけてなさい」

「はい」


  ◯


 コテージに着くと先に皆が帰っていた。

 その皆はというとソファでぐったりしていた。


「どうしたの?」

「どうしたもこうも、レッスン最終日だからってずっと踊らされたのよ。しかも叱責が半端ないし」


 海さんが天を見上げながら言う。


「あの先生、鬼だよ。怖いよ。もう会いたくない」


 次にハルコさんが泣き言を発する。


「大変だったんだ」

「お姉ちゃん、そんな言葉で片付けないで。昨日休みだったからって、めちゃくちゃしごかれたんだよ。昨日は昨日でしんどかったって伝えたのに」

「そうなんだ」

「お姉ちゃんは歌ってるだけでいいよね」

「失礼な。私も筋トレとかさせられたし、それに歌いすぎて喉が痛いよ!」

「テストは受かりそう?」

「さあ? 先生達もそこはよくわからないらしくて」

「微妙なラインなんだ」

「Vtuberとしては合格ラインって、夏希さんが言ってた」

「あの夏希さんが! へえ、珍しい」

「珍しい?」

「あの人、歌に関しては厳しいから」

「でも、Vtuberとしてって、それは褒めてる?」


 葵さんが聞く。


「合格ということですし」

「でもお姉ちゃん、本当に合格してよね。私、五浦宇宙の『スーパーカー』の振り付け覚えさせられたんだから」

「無駄になったら佳奈が歌えばいいよ」

「無理よ。あの歌、中性的な声でやらないと駄目だし」

「可愛い声でも大丈夫じゃない?」

「いーや!」

「それより今日の夕飯は何にいたしますか?」


 と福原さんが私達に聞く。


「簡単なやつでいいんじゃない? パスタとか」


 海さんが提案する。


「皆さんもそれでいいですか?」

「構わないよ」、「OK」

「わかりました。それでは買い物に行って参ります」

「私もついて行きますよ」

「千鶴さんは疲れてないのですか?」

「買い物ぐらいは平気ですよ」

「では、お願いします」

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