第9話 終了

 2回戦の後、3回プレイして『南極基地危機一髪』は終了した。


【ミカエル】:「お疲れ様。今日は集まってくれてありがとうね」


  ◯


 配信を終えた私はゲーム画面を切り、パソコンの電源を切る。


 スマホで時間を確かめると0時11分だった。


 後片付けして配信部屋を出ると私より少し先に2つ隣りの配信部屋から出てきた茶髪の女性がいた。両耳には2つのピアス。肩ほどの髪を後ろで二つに括り、前髪には紫のメッシュ、泣き袋のあるメイク。服装もシャツに一回り大きいレザージャケット、下はダメージジーンズ、そしてブーツ。


(ハードロッカーかな?)


 ペイベックスは音楽メインの会社だ。ハードロッカーがいてもおかしくはないし、最近は職業老若男女関わらず、配信している人もいる。


 たぶんこの人もペイベックスのハードロッカーで今、配信を終わらせたのだろう。


 私は鍵を掛けて、廊下を進み始める。


 女性とすれ違った時、私は挨拶として頭を下げた。


 そしてすれ違って、数歩進んだところで声をかけられた。


「オルタ?」

「え?」

「やっぱオルタじゃん」


 女性は私に近寄り、上から下まで眺め回す。


「パンピーじゃん。もっと奇抜な子かと思ってわ」

「どうしてオルタだと?」


 というか誰ですか?

 私がオルタってわかるってことはこの人もVtuberなの?


「Vの先輩である私に挨拶も無しなのって、私のこと知らない奴でしょ?」


 それはつまりこの人もVtuberというわけで。


「ええと、あの、どちら様で?」

「声で分からない?」

「すみません」

「月風ゆるるよ」

「ええっ!?」


 私は声を大にして驚いた。


 だって月風ゆゆるはお嬢様然としたガワのV。魂がハードロッカー風なんだから驚かずにはいられなかったのだ。


「ちょっと! 配信部屋でもないのに大声出さないでよ」


 月風ゆるると名乗るこの人は不快な顔をする。


「すみません。つい」


 私は口を押さえる。


「ま、いいわよ。皆、びっくりするのよね。私が月風ゆるると知るとさ」


 やれやれとゆるるさんは肩を竦める。


「だって、イメージとかなりかけ離れていたもので」

「それだけ声と演技で騙せているってことね」


 ゆるるさんが得意げな顔をする。


「で、本名教えてくれない?」

「宮下千鶴です」

「私は夜丸氷よ」

「……夜丸氷さん?」

「本名よ。ほら」


 ゆるるさんは財布から免許証を取り出し、私に免許証を向ける。


「本当ですね。すみません、疑って」

「いいわよ。Vみたいな名前だから皆、疑うのよ。しまいには『それって前世ですか?』とか言ってくるし」

「でも、覚えやすい名前ですよ」

「ありがと。気軽に氷って呼んでいいわよ」

「さすがにそれは。夜丸さんで」

「夜丸って名前嫌いなの」

「では氷さんで」

「うん。よし」

「それでは私はこれで。今日はお疲れ様でした」


 そう言って立ち去ろうとしたのだが、


「いやいや、待ちなさいよ。もうすぐマッチが終わって出てくる頃だから」

「マッチ?」

「クエスよ。出町柳慶子よ」

「……そうですか」


 正直言って、だからなんだという感じだが、相手は佳奈にとっては1期生の大先輩だし、悪印象を与えないようにしないといけない。


「ほら、出てきたわよ」


 私と氷さんが使用した部屋に挟まれた部屋からピンク色の猫キャラフード付きパーカーを着た小柄な黒髪の女性が現れた。


「マッチー」


 氷さんが手を振る。


「ゲッ! 氷」

「ん? 今、『ゲッ!』って言った? おいおいつれねえなー」


 氷さんが出町柳さんに近寄り、肩を抱く。

 構図がいじめっ子といじめられっ子に見える。


「ち、違います。聞き違いです」


 出町柳さんは背を丸めて答える。


「そう? ねえ? 千鶴はどう思う?」

「え? ええと……」


 急に振られて私は困った。


 出町柳さんが物悲しそうな目でこちらを見るので、


「さあ? 私はよく聞こえませんでした」

「千鶴はやさしいわね」

「あ、あの、この人は?」

「声で分からない?」


 出町柳さんは首を横に振る。


「……オルタよ。ダメね、2人とも」


 氷さんは呆れたように言う。


「オルタ? あのオルタですか?」

「はい。オルタです。本名は宮下千鶴です。よろしくお願いします」

「こちらこそ。私はクエス役の出町柳慶子です」


 出町柳さんがおずおずと私に挨拶をする。


「なんかギャップがすごいですね」

「えっ!?」

「あ、その、Vだと僕っ子キャラなので」

「でしょ。私もびっくりしたわ。初めて会った時はド陰キャでVが務まるのかと心配だったけど、配信が始まるやキャラを完璧演じ切ってびっくりした」

「そ、それを言ったら、氷だってそうじゃん」

「私?」

「うん。ギャルがお嬢様キャラを演じ切れるのか心配だった」

「お! 言うねー」


 氷さんは右手の拳で出町柳さんの頭頂部をゴリゴリする。


「痛い!」


 と、そこで後ろから私は名前を呼ばれた。


「宮下さん」

「ん? あ、福原さん」


 振り返るとマネージャーの福原さんがいた。


「お疲れ様です」

「お疲れ様です。どうしてここに?」

「所用があり、スタジオにいまして、ついでですので宮下さんを待っていたのです。家まで送りますよ」

「ダメダメ。今から3人で食べに行くんだから」

「えっ!?」

「氷、聞いてないよ」

「今、決めたー。ね、いいよね? 奢るよー」


 氷さんが私にウインクする。


「……まあ、いいですけど」


 戸惑いつつも私は了承した。

 相手は1期生の先輩だもん。あと、お腹空いたし。


「じゃあ、決定」

「あの……私は……」

「マッチも来ないとダメー。ということで、私達食べにいきまーす」

「福原さん、すみません」


 所用があるとおっしゃっていたが、多少待ってくれていたのだろう。私は福原さんに頭を下げる。


「いえ、いいんです。V同士のコミュニケーションは大事ですから」


 福原さんは笑顔だけど、どこか少し困ったように答える。


「ただ、宮下さんはまだ未成年ですので」

「そうなんだ?」


 氷さんは驚き、またしたも私を上から下まで眺める。


「居酒屋とか行って、無理矢理お酒とか飲ませないように」

「ハラスメントなんてしないわよ」


「どの口が」と出町柳さんが言うと、氷さんは笑顔でホールドした出町柳さんの首をぎゅっと締める。


「ぐ、ぐるじぃ」


 氷さんが苦しそうに氷さんの腕をタップする。


「それと……いえ、なんでもありません。宮下さんはご家族の方に連絡を入れておくように」

「はい」

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