第14話 合宿1日目

 合宿施設がある場所は湖のある避暑地だった。

 その避暑地まで福原さんがバンで私達を送り届けてくれた。


「ここで練習なんて出来るのですか?」


 私は窓の外を見ながら福原さんに聞く。


「宿泊地はここにあるけど、レッスン場はまた別の施設ですよ」

「別の?」

「ええ。そんなに遠くはないから安心して下さい」


 そして宿泊施設の前に車が停まり、私達は荷物を持って外に出た。

 外に出ると蝉の合唱が私達を迎えてくれた。


「良い空気ですね」


 なぜか皆、返事をしてくれない。

 不思議に思って振り返るとみなさんはグロッキーだった。


「どうしたんですか?」

「……千鶴さんはよく平気ね」


 リーダーの有流間ヒスイさんこと片山照さんがげんなりとして答える。


「ほんとよ。私なんて足がガクガクでもう歩けないわ」


 そう言うのは最年長の那須鷹フジさんことハルコさん。彼女は生まれたてのバンビのように足をガクガク震えさせている。


 ハルコさんは信楽という苗字は好きではないという理由で、私にハルコさんと呼ぶようにと要求。というか強要?


 すると他の皆も苗字ではなく、名前呼びを要求したため、私達は仲良くなるため名前呼びとなった。


 ただ海野妙子さんだけは妙子という名前が好きではないので海さんと呼ぶことになった。


「福原さん……法定速度守ってください」


 そして松竹マイさんこと海さんが地面に膝をつけて、キャリーバックに額をつけて言う。


「大丈夫ですか? 酔い止めの薬は飲みました?」


 私は海さんに尋ねる。


「乗る前にとっくに飲んでるわよ」

「でもどうして皆さんは車酔いを?」

「配信者って、引きこもってばっかなので、三半規管が弱ってるんですよ」


 福原さんが苦笑いして答える。


「違う。断じて違うから」


 黒狼ミカゲさんこと葵さんが弱々しく抗議する。


「三半規管が弱まるなんて聞いたことがない」

「そうですか? フィギュアスケートやってる人って回転ばっかしてるから三半規管が強いらしいですよ」

「特殊な人と一緒にしないでよ。車酔いしてるのは貴女の運転が原因よ。Gが半端ないんだから。事故る気満々なの?」


 確かにジェットコースター並の揺れだった。でも山間部を走るとそんなものなのでは?


「宮下千鶴さんは平気なのに。やれやれですね。貴女達はもっと運動すべきですよ」

「なんでお姉ちゃんは平気なの? ゲーム酔いするくせに」


 佳奈が天を見上げて言う。


「私はバリバリの学生だから運動とかするし」


 えっへんと私は胸を張ります。


「は? ウンチのくせに? クソみたいなダンスしておいてよく言うよね」

「ウンチじゃないです。てか、アイドルがウンチとか言ったら駄目だよ」


  ◯


「ここが5期生の合宿施設です」


 と福原さんが施設前に立ち、紹介する。


「……コテージですね」


 施設というか木造の別荘だった。


「避暑地ていうからまさかとは思ったけど、これはコテージね。バルコニーもあるわ。バーベキューセットもあるよ。すごーい。ねえ、夜はバーベキューしようよ」


 照さんがバルコニーとバーベキューセットを見てはしゃぐ。


「照、もう食うことかよ」


 ハルコさんが呆れたように言う。


「できればグランピングが良かったなー」

「海さん、旅行じゃないんですよ。合宿です」


 そう。忘れてはいけない。合宿なのだ。私は歌唱力を上げるために来たのだ。


「でも避暑地なんだから遊ぶ時間はあるよね?」

「それは予定表に記載済みです。ただそれは皆さんの練習次第ですので。あしからず」


 と福原さんが楽しみたかったら、練習はちゃんとしろよという目をする。


「ここら辺は何かあったっけ?」

「ハルコ、調べてないの?」

「誰か調べてる思ったから。海は?」

「私も全然。近くに湖があるのは知ってる」


 海さんは首を横に振る。


「ん? 皆さんも初めてなんですか?」

「初めてよ。お泊まり会や旅行はあっても合宿は初めてなの」

「さあさあ、皆さん、中にどうぞ」


 福原さんが鍵を使い、ドアを開ける。


「……なんか埃臭くない?」


 5期生の中で最初にコテージへと踏み込んだハルコさんが眉を寄せて言う。


「うげっ。埃が!」


 照さんが下駄箱を指で触り、その指に付いた埃を見て強張る。そしてすぐに手をはたく。

 靴を脱いで、床を踏むのだが、埃がカーペットのような感触を与えてきた。カーペットほど埃は溜まってはいないけど、足の裏からさらさらもこもこした感触が不快感を与えてくる。


「どんだけ埃積もってんだよ。このコテージ大丈夫なのか?」


 ハルコさんが怪訝そうに言う。


「まあまあ、リビングはこちらですよ」


 福原さんに促され、私達はリビングへと入る。


「うえ、ここも埃臭い」


 葵さんが嫌そう声を出す。


「あらら、ずっと使ってなかったからですかね。これはまず掃除ですね」


 福原さんはリビングを見渡して言う。

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