第57話 天岩戸【駒沢夏希】
炎上してから私は部屋に篭っていた。とは言うものの部屋に篭り続けるなんていうのは車椅子障がい者には無理な話。どうあっても補助が必要なのだ。
だから独りっきりになるのは難しく、せいぜい昼間は部屋に篭る程度だ。
動くことも働くことも難しい体。
それでもこんな体でもいっぱしに金を稼げるのだから、Vtuberはいいものだ。
けれど、やはりそこにも姉の助けが必要だった。
こんな体だから踊れるわけでもモーションができるわけがない。
それゆえ、そこは姉に任せた。
姉は元々踊るのが得意なため、さして問題はなかった。
でも、私は姉を裏方へと押しやってしまったのだ。
ファンやリスナーへの罪悪感はないかといえばある。
あるけど、それを言うことは出来なかった。
当然だろう。
車椅子障がい者だぞ。
そんな人を推すか?
推さないよね。
だから私は黙った。
罪悪感とやるせなさを抱いて。
でも、そんな生活も突如として終わりがきた。
地震だ。
それで私は車椅子障がい者であることとダンスは別人が担当していたことがバレたのだ。
そして炎上。
それはもう鎮火出来ないくらい。
あとは燃えかすとなるだけだ。
宮下千鶴さんには悪いことをした。
私を助けたせいでいらぬ火の粉を
しかも配信で私のことを庇って……バカな子。
そして今日、姉と配信するとか言ってやって来た。
姉が配信?
何よそれ。
謝罪でもするの。
ガワはどうするの? 私の? 私のフリ……ではないよね。
姉として出るんだろうね。
けど、どうせ炎上するだけだと思うけど……それでも謝るんだ。
ガチャン。
ベッドの上で寝返りをうった時、腕が何かを落としてしまった。
私は手を伸ばして落ちた何かを拾う。
何かなんて分かってた。
スマホだ。
そして私は自然と動画アプリのアイコンをタップしていた。
ライブ一覧に赤羽メメ・オルタと明日空ルナの『雑談と歌枠』があった。
「……歌枠」
なんで歌うのよ。
意味わかんない。
画面をタップして視聴する。
『二人だって、ずっと苦しんでたんだよ』
オルタの悲痛の声が聞こえた。
『だから何?』、『お前は引っ込め』、『お呼びではない』、『苦しいから何?』、『帳消しになるとでも思ってた?』、『もうやめろよ』
ほら。そんなこと言うからリスナーから攻撃されるじゃない。
『そりゃあ、騙してたよ。でもそれは仕方なくだよ。ルナさんのお姉さんはずっと歌いたかったんだよ。それでも裏方に徹したんだよ』
『あっそ』、『知るか』、『関係ない』、『もうやめろよ』
オルタ、もうやめなよ。それ以上は火に油だよ。
『それなのに。あまりにもひどくない』
『オルタ、もういいから』
姉が止めた。
『……でも』
『皆さんへ。私は責任を取って卒業を決めます』
『待って! なんで?』
うん。それでいい。
卒業でいい。
『やっぱり責任は取るべきだよ。ファン、リスナーの皆様へ、私達はVtuberを卒業します。こんなお別れ方になりますが今まで応援ありがとうございました』
姉が私の代わりにお礼を言う。
『早くやめろよ』、『オワコン』、『足を引っ張るな』、『脚が悪いので足を引っ張ります』、『だからお前らもうやめろよ。いつまでネチネチしてんだよ』
あれ? アンチの中に私を擁護してる人が現れた。
違う。前からいた。やめろとは私ではなく誹謗中傷するコメントに対してか。
『それでは最後に歌枠を始めます。実はずっと妹が歌っていて羨ましかったんですよね』
いいよ。歌って。
最後なんだし。好きにしてもいいよ。
姉が五浦宇宙の『スーパーカー』を歌う。
姉の歌声も渋いんだよね。
私とは違うカッコいい声。
『なかなか』、『歌うな』、『おお! カッコいいんじゃない?』、『歌う前に謝罪』、『もういいだろ』、『最後にしてはもったいない』
なんだろう。肯定的な声が増えてきた。
次はオルタが歌った。曲は前島吹雪の『恋しぐれ』。
悲恋の歌。こぶしやビブラートが重要な歌。間違えると演歌のようになってしまう。けれどオルタは上手く歌えた。
そしてまた姉の番がきた。
姉はodaの『
odaの歌はがなり声が重要。
大丈夫かと心配したら杞憂だった。
すごい。こんな声出せるんだ。
いつのまに。
『おお!』、『oda様や』、『まじか?』、『この曲、超難しいのに』、『すげえ』
ああ、すごい。コメントが賞賛に変わっていく。
悔しい。
私もあそこへ行きたい。
歌いたい。
私も歌わせて。
ガタン。
私はベッドから降りた。
そして腹ばいで動いて、台車の上に乗る。
多少は一人で行動できるようにスノボーのような木製の台車があり、私はその台車を使ってドアへ向かう。
鍵を開けて、ドアをスライドさせる。
手で床を押して、台車を動かす。
廊下を進み、配信部屋の前に辿り着く。
そしてドアをノックする。
するとドアが開かれた。
開けたのは鮫島さんだった。
「待ってました」
なによ。すました顔で待ってたって。腹が立っちゃうわ。
「私にも歌わせなさいよ」
「どうぞ」
鮫島が私をおぶって、彼女達のもとまで運ぶ。
「あら? ルナが来たわ」
「ルナさん、一緒に歌いましょう」
「当たり前よ。私、抜きで歌ってんじゃないわよ!」
鮫島さんは私を椅子に座らせ、その場を離れる。
「それじゃあ、今流行りの『ショタ神シンフォニー』よ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます