第56話 謝罪と歌枠

 鮫島さんの運転で連れられてやって来たのは住宅街にある一軒家だった。


「ここは?」

「私の家」

「え!? あっ!? 説得ですね」


 しかし、私で夏希さんを説得できるのだろうか?

 それに鮫島さんは秘策があるみたいなことを言ってたけど。それは一体?

 私達は車を降りて、鈴音さんを先頭に駒沢宅に入る。


「おじゃましまーす」


 私が声を出すと奥のドアから50代の女性がやってきた。鈴音さんのお母さんかな?


「あら、そちらの方は?」

「彼女は同僚のVtuber。宮下さん」


 鈴音さんが私だけを紹介する。鮫島さんは面識あるのかな? まあ、マネージャーだもんね。


「宮下千鶴です」


 私は名乗って、頭を下げる。


「うちのがお世話になっております」

「いえいえ、そんな」

「配信部屋をお借りしますがよろしいでしょうか?」


 鮫島さんが駒沢さんのお母さんに尋ねる。


「ええ。いいですけど」


 そして鈴音さんに向き、


「配信するの? でも夏希が……」

「大丈夫です」


 鈴音さんの代わりに鮫島さんが答える。


「今日、配信するのは夏希さんではありません」

「あら、そうなの?」

「え!? 配信は?」


 鈴音さんが聞くも鮫島さんはそれには答えず鈴音さんの背を押す。


「さあ、前へ」


 そして廊下を突き進み、奥の部屋の前で私達は止まる。


「お二人は夏希さんにこれから配信することをお伝えください」

「待って。配信は誰が?」

「それは鈴音さんとオルタです」

「「え!?」」

「お二人で謝罪配信をします。私は配信の準備をするのでお二人は夏希さんに配信のことをお伝えください」

「待って、私が!?」

「さあさあ」


 私と鈴音さんは背を強く押される。

 仕方なく私達は夏希さんの部屋に向かう。

 その夏希さんの部屋は1階にあった。


「2階ではないんですね」

「夏希は脚がね」

「あっ!? すみません!」

「いいのよ」


 すっかり脚のことを忘れていた。


 そりゃあ車椅子なんだから自室が1階なのは当然か。


 そしてとある部屋の前で鈴音さんは立ち止まる。

 ドアには『なつき』と書かれたネームプレートが掛けられている。


 鈴音さんは一息ついた後でドアをノックする。


「夏希! 今、宮下千鶴さんが来てるの」

「どうも宮下です」

「ドア開けるよ」


 しかし、内から鍵が掛けられているのかドアが開かなかった。


「夏希、開けて」

「いや」


 ドアの向こうから小さく拒否する声が聞こえた。


「夏希、地震の時のお礼を言いなさい」

「言った」

「夏希!」

「あの、お礼はいいですから」


 私は間に入って言う。


「でも」

「あの、夏希さん、これから鈴音さんと配信をする予定なんです」

「お姉ちゃんと? 意味わかんない?」


 先程より夏希さんの声が大きい。気になったのだろう。


「えっと鮫島さんが謝罪の配信をしろとかで」


 鈴音さんが説明する。


「何? 私も謝罪しろってこと?」

「それは違うらしいわ。今回は私と千鶴さんが配信する予定らしいの」

「鮫島、意味わかんない!」

「ねえ? 配信見てくれる?」

「知らない!」

「ねえ?」

「うっさい! うっさい! どっか行け!」


 鈴音さんは困ったように息を吐き、


「千鶴さん、行きましょう」

「はい」


  ◯


 配信部屋は6畳部屋で、部屋の中にあるのは配信機材だけで、防音完備のまさに配信専用の部屋だった。


「すごいですね」

「さあ、準備は出来たわ」


 と鮫島さんが言うので私と鈴音さんはサムネイルを見てみた。

 そしてそのサムネイルを見て、私達は驚いた。


「え!? 雑談歌枠!?」

「何これ? 私が歌うの?」


 鈴音さんが鮫島さんに問う。


「はい。謝罪して、そのあとお二人で歌です」

「待って、待って。どうして私が歌うの?」

「だって鈴音さん、歌いたかったでしょ? 以前も歌ってみたいって言ってたし」

「そりゃあ、言ったよ。前にね。でも、なぜ今? それに急に歌なんてリスナーもびっくりだよ。それにこのサムネ、前から作ってたよね?」


 サムネイルのイラストがついさっき作り始めたとは思えない完成レベル。

 しかもそのサムネイルには私こと赤羽メメ・オルタのイラストつき。


「前からオルタと一緒に歌って欲しいなと思って、作っておいたの」

「鮫島さん、謝罪配信ですよね」

「うん。一応ね」

「い、一応って」

「そりゃあ、謝罪はしてもらいます。そしてどうして今まで嘘をついていたのかも言ってもらいます。あっ、鈴音さんは姉であるというのも伝えておいてくださいね」

「どうやって歌枠に運ぶんですか?」

「そりゃあ……『私の歌を聞いてくれ』って」

「なんですかそれは? 考えてませんでしたよね?」


 呆れたのか鈴音さんの肩が下がる。


「とにかく始めてください。ほら、千鶴さんも鈴音さんは声出しは初めてなんですからリードするようにね」

「あっ、はい」

「一応、私はここからカンペを出すから」


  ◯


「どうも赤羽メメ・オルタです。えーと、前回はブチギレてすみませんでした」


 と言って私は頭を下げる。そして、


「横におりますのは明日空ルナさんのお姉さんです」

「どうも姉です。名前は……」


 ちらりとカンペを見ると、『姉だけで結構です』


「姉です。この度は妹のルナがご迷惑をおかけしました」


 と言い、頭を下げる。


 コメント欄を見ると、


『姉?』

『ルナの姉?』

『本物? どうして?』


「えー、実は私が今までダンスや動作モーションを担当しておりました。皆様を騙していて申し訳ありません」


『こいつかよ!』

『今更何をのこのこ出てきてんだよ!』

『謝罪で許されると思ってんのか?』


「妹は事故により車椅子生活を余儀なくされました。それから私と妹の二人三脚でVtuberをやっておりました」


『事故が何?』

『それで?』

『は? 許されると思ってんの?』


「あのさ」


 私は我慢できず話し始める。


「二人だって、ずっと苦しんでたんだよ」


『だから何?』

『お前は引っ込め』

『お呼びではない』


「そりゃあ、騙してたよ。でもそれは仕方なくだよ。ルナさんのお姉さんはずっと歌いたかったんだよ。それでも裏方に徹したんだよ」


『あっそ』

『知るか』


「それなのに。あまりにもひどくない」

「オルタ、もういいから」

「……でも」

「皆さんへ。私は責任を取って卒業を決めます」

「待って! なんで?」


 私は鮫島さんを見るが、首を横に張る。カンペも出してくれない。


「やっぱり責任は取るべきだよ。ファン、リスナーの皆様へ、私達はVtuberを卒業します。こんなお別れ方になりますが今まで応援ありがとうございました」


 そして鮫島さんが『最後に歌枠を』とカンペを出してきた。


 これで本当に終わりなのだろうか。

 説得して卒業を阻止するんじゃなかったの?


「オルタ」


 鈴音さんが私の名前を呼ぶ。そして私の手の上に手を乗せる。


 その顔はどこか切なさと吹っ切れた面持ちであった。


「それでは最後に歌枠を始めます。実はずっと妹が歌っていて羨ましかったんですよね」


 鈴音さんがマウスを操作して、画面を歌枠用の画面へと移動させる。


「さあ、まずは私から歌おうかしら。五浦いつうら宇宙そらの『スーパーカー』」

「え?」

「私もいっぱい練習したんだよ」


 そして曲が流れ、鈴音さんは歌い始める。

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