3章③『大学』

とあるVtuberの話③

 夜、寝室が同じ女性研修生がスマホを取り出した。彼女の名前は所山。


「あっ! ケータイ! 渡さなかったの?」


 研修中はケータイ禁止ということで初日に全員回収されているはず。


「ケータイとスマホの2つ持ってたの」


 所山はニッヒヒと笑う。つまりケータイの方を研修指導職員に差し出したということか。


「それ。アッポー社のマイフォンってやつ?」


 メガネをかけたボブヘアーの子が聞く。彼女は神奈川の国立大の子で名前は吉澤。


「違う。韓国ザムスンのスマホ」

「パクリのやつか」

「パクリ言うな」


 アッポーがタッチパネルを導入したケータイを出し、それをザムスンがまんまパクったケータイをスマホと謳って発売。


「だってスマホって、こういうのじゃん」


 と、吉澤が小さいキーボード付きのケータイを取り出す。電子辞書を太くしたような形。


「ちょっと、アンタも?」


 私は呆れて、溜め息をつく。


「こっちはワンセグとワード、ネット用にね」

「もうじきそのスマホはなくなり、タッチパネル式が主流になるよ」


 所山が自身のスマホを持ち、ほくそ笑む。


「無理よ。だってザムスン、アッポーに訴えられているんでしょ?」


 ザムスンはアッポー社のマイフォンとまんま同じ形、そして同じアプリアイコンシステムのスマホを発売したことによりアッポー社から訴えられている。


 そのため日本のケータイ会社はスマホ製造に二の足が踏めずにいた。


「大丈夫よ。たぶん勝つわ」

「勝てない、勝てない」


 吉澤がありえないと手を振る。


 しかし、この後、まさか本当に所山の言う通り、ザムスン側が勝ってしまうとは誰が思っただろうか。


 その後、日本も追いつこうと新型スマホを開発するも先行していたザムスンに追いつけずにいる。それは現在に至るまで。


 だが、これは日本企業が弱まっているのではなく、あの当時は韓流ブームが日本国内で席巻しており、多くの技術者が流れてしまった。さらに手土産として機密データを渡すという事件にまで事は大きくなった。


「それでね、ちょっと内定者研修会について調べてみたんだけど、悪い噂があるの」


 所山が声を顰めて言う。


 それに私達は彼女に近寄り、「何々?」と聞く。


「内定取り消しの話なんだけどさリーマンショックで増えているって話」

「でも、それちょっと前の話でしょ? 今は景気も回復してるって聞くけど」

「本当かしら。今では二流大卒で一般職、短大卒で派遣なんて当たり前になってきてるのよ」


 派遣。私の親世代では派遣というものは借金で労働のタコ部屋、マグロ漁船に乗る人を指していた。しかもかなりの中抜きをされるとか。


 それが今では派遣というものは普通のこととなっている。


「でも最低賃金も上がってるけど」


 と、吉澤が言う。


「時給でしょ? 頑張って働いても正社員にはなれない。いつまで経っても時給の生活。そして、いざ正社員になるというところで派遣切り」

「なんでそんなマイナスなことを言うのよ。私達は内定を貰ったのよ。派遣なんてもう関係ないじゃん」


 私は関係のない話はやめようと告げる。


「そうね。でも、内定が取り消しになったら?」

「ならないわよ」

「でも箱の噂があるじゃん」


 箱の噂。それは研修生を狭い狭い個室に閉じ込め、内定自主辞退の一筆を書かされるという噂。


「それ私も見た」


 吉澤がスマホ画面を向ける。


 そこには内定者研修会で内定自主辞退をさせられるというネットの書き込みであった。


「でも匿名でしょ? 怪しくない?」

「他にもあるよ。どれも結構詳しく書いてるよ」


 吉澤は他のページを見せる。


「へえ。こんなに」


 そこへドアが急に開いた。


 所山と吉澤は慌てて、スマホを隠した。


「大変よ!」

「なんだ。小畑か」


 勢いよく、部屋に入ってきたのは同室同班の小畑だった。


「びっくりした。てか、どうしたの? そんな慌ててさ?」


 気分転換にと外の空気を吸いに部屋を出ていた小畑が肩で息している。


「大変よ。男子から聞いたのだけど、亀村が内定自主辞退したそうよ!」


 小畑が私に向けて言う。


 亀村は私と同じ班で、初日から研修指導員に怒られていた男子。


  ◯


 3日目の朝、私達の班は心穏やかではなかった。


 1人欠けているのだ。

 欠けた人物は亀村。


 今日は駅前での『挨拶』はなく、ティッシュ配りと施設内外清掃のどれか一つを選択するものだった。


 私はティッシュ配りなんて嫌だったので、施設内清掃を選択したかったのだが。


「まずお知らせとして。残念ながら亀村君は一身上の都合により内定自主辞退を選択された。我々としてはとても悲しいことではあるが、彼の意志を尊重したいと考えている。我々は粉骨砕身の意志でこれからも頑張っていこうではないか」


 内定指導員はすらすらと述べた。

 ルーティン化された一文を読むように。


「返事は?」


 睨まれて私達は「はい」と返事する。


「本来はティッシュ配りか清掃のどちらかを選ばせるつもりだったが、欠員が1人出た以上、少数班になった君達にはティッシュ配りしてもらおうと思う」

「え!?」


 つい私は嫌そうな声を出してしまった。私は慌てて口を閉じる。


 だが、研修指導員は私に向けて目を細める。


「これは連帯責任と思え」

「はい」


  ◯


 嫌そうな声を出してしまったからか、研修指導員に目をつけられ、ティッシュ配りの時に何かとダメ出しをされて怒られた。


 それは今でも思い出しては悔しさと怒り、恥ずかしさが湧き上がるほどトラウマになった。

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