3章④『夢』
とあるVtuberの話④
研修3日目の昼食後に個人面談が始まった。
個人面談では前日のキャリアマネージメントで記入したプリントを使ってのものであった。
プリントにはキャリアマネージメント講義の感想と5年刻みの自分史、自身の長所と短所、希望する部署、新商品と企画の発案、最後に本社で今までに発表した新商品と企画の良し悪しについて記入した。
私達研修生は指定された部屋の前に待たされることになった。
班内の皆が1階から3階の部屋で面談を受けるのに、私だけ4階だった。
部屋番は401。
「私、4階」
「本当だ」、「階段きつそう」など、その時は異変を感じず、班内で明るく話をしていた。
一度、部屋に戻った私はルームメイトにどの部屋にあてがわれたかを聞いた。
そこでもやはり4階は私だけだった。
「4階の人、初めて見た」
「私も」
「班内にいなかった?」
「いない」
◯
401号室の前に数名の研修生が廊下の椅子に座り横一列に集まっていた。
おかしなことに401号室以外の部屋には椅子もなく、誰も待機していない。
つまり4階で使われる部屋は401号室だけということ。
これはどういうことか。
たまたま人が少し多くて、4階の一室を利用しただけなのか。
私は彼らと共に椅子に座り、呼ばれるのを待つ。
呼ばれては誰かが部屋に入る。そして暗い顔をして部屋を出る。
なぜそんな暗い顔をするのか。
就活の時、圧迫面接というものがあった。まるでその圧迫面接を受けた人のような顔だった。
これは面接ではなく面談。
圧迫面接のようなことはないはず。
でも、実際に部屋を出ていく人の顔は暗い。
(怖いな)
そして半分程の研修生が面談を終えた頃、私の名が呼ばれた。
私はドアを開けて部屋に入る。
「失礼します」
「どうぞお掛けになってください」
六畳程の部屋に机と椅子だけがある。
私の面談相手である研修指導職員は30代後半の黒髪の女性だった。細い赤いフレームの眼鏡と一重の吊り目、口は硬く、纏う雰囲気は冷たかった。
私は緊張して椅子に座る。座り方は入社面接時と同じ座り方。私の前に何度も色んな研修生が座っていたにも関わらず、椅子は冷たかった。
「まずは昨日の聴講の感想ですが──」
◯
「──それで貴女は持ち帰り注文のパック内に甘だれがないことを言及していたんですね」
「はい。私、マグロに甘だれをかけて食べるのが好きなんです。周りからは子供っぽいと言われますけど、これだけは譲れないんです」
「分かりました」
研修指導職員は一息つき、
「最後に、当社の前回催したコラボイベントについて貴女は『アニメが終わって半年ほど経ってからのコラボは遅いと思います。それと景品がマグネットや時期はずれのカレンダーはおかしい』と書かれていますが?」
「はい。私はコラボしたアニメは見てませんでしたが、友人が『いまさら〜』と言っていました。それに夏にカレンダーは違和感があると思って」
「……なるほど。それでは貴女はコラボ開始時期と景品はなんだと思いますか?」
「コラボはできれば放送時が1番ですけど、最低でも放送終了すぐあたりがいいかと思います。景品はぬいぐるみのキーホルダーとかが良いかと考えます」
「もしこの瞬間にコラボイベントが決定して、キャンペーン期間はいつ頃になると考えますか?」
「この瞬間に……ですか?」
今から始めるとなるとホームページ、CM、チラシの広告をしないといけない。景品も作らないといけないから……。
「半年くらいですかね」
「貴女はそれが出来ますか?」
「え? さあ? やってみないことには?」
「もし出来なければ責任は取れますか?」
「責任……ですか?」
急にそんなことを言われても正直困る。
「それはまあ、取らないといけないのであれば……」
「どのように責任を取るおつもりですか?」
研修指導職員は腕を組む。
「えっ、いや、どのようにと言われましても……」
そんなまだやってもいないことに責任とか言われても。
「責任について考えたことはないんですか?」
「ええと……謝罪をするとかですかね?」
「謝罪?」
今まで無表情だった研修指導職員が眉根を寄せて首を傾げる。
「謝罪で許されなければ?」
「え、あ、えっと」
私は叱られた子供のようにしどろもどろになる。
「貴女が考えた企画でもそうなんですが──」
◯
「もういいです」
研修指導職員はピシャリと告げた。
そしてドアの方へと手を指し示す。
出ていけということだ。
助かったという気持ちと同時に悔しさと怒りが込み上げてきた。
「失礼しました」
入ってくる時より小さい声音で私は告げる。
とぼとぼと廊下を進み、階段を下りて部屋に戻る。
「どう──」
所山が私に声をかけようとしたが、私の雰囲気を察して言葉を途中で止める。
「どうしたの?」
吉澤が心配して聞く。
「皆は面談どうだったの?」
「どうって、普通だったよ。昨日のプリントの件であれこれ質問されたくらい……だよね?」
と、吉澤はルームメイトに同意を求める。
「うん。普通」、「特に何もなかった」
「私は最悪だった」
「面談で何があったの?」
小畑が私に聞く。
「実は──」
◯
「うっそー。そんなことがあったの?」
私の話を聴き終わって、所山が怪訝そうに言う。
「圧迫面接ならぬ圧迫面談か」
「ひどいね。でも、どうしてそんな面談が?」
小畑が非難ぽく言う。
「私達は責任とかねちっこい質問はなかったよ」
「もしかしたらアニメコラボの件かな?」
吉澤が顎を撫でつつ言う。
「え?」
「私の班の男子が同室のやつが4階だって言ってたの。それでその人は昨日何を書いたのかを聞いたの。そしたらアニメコラボの件って言ってたの」
「よし。私のマイフォンで調べてみようではないか」
と、言って所山がマイフォンを出して本当に調べ始めた。
「そのアニメコラボって、結構話題になったよね。遅いとか。景品がしょぼいとかで」
その小畑の言葉に吉澤も頷き、
「うん。私もそのアニメは知らないけど、なんかすごくヒットしたアニメなんでしょ? それで便乗したのかとか、コラボが遅いとか言われていたらしいよね」
「そのアニメコラボを非難したから私に怒ったの?」
「可能性としては」
「でも、研修指導職員がわざわざそれで圧迫面談する?」
「どうだろう?」
そこでマイフォンで調べていた所山が、
「分かったわ!」
「何?」
小畑が真っ先に聞く。
「ネットニュースによると、実はそのアニメコラボは色々と問題があって、責任を取らされた人がいるらしいの。門倉奈津美という人」
「誰よ、その人」
「写真があるわ」
「何で写真があるの?」
「ネットニュースに載ってるの。ほら、この人」
「あっ!?」
私はその写真を見て、驚いた。
なぜなら──。
「どうしたの?」
「この人、面談の人だ!」
「「「ええ!?」」」
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