第1話 パソコン貸して

「えー、単位の件ですけど。単位取得はテストだけでなくレポートも必須だから。それとレポートも出せばいいやではいけないから。ちゃんとレポートを書かないと単位は出さないからね」


 ハゲにナマズヒゲの教授が講義終了後に私達学生に向けて告げる。


「それと宮下君、これを図書館へ返しておいて」

「……はい」


 この教授はなぜかいつも私に命じてくる。

 一度は用事を告げて断りたいのだが、チキンな私は何も言えずに受け入れてしまう。


(くぅ〜、私のバカー)


  ◯


 図書館は大学キャンパス内中央にあり、西端にある文学部館からは坂を下りた先にある。

 私は重い資料を返却して、図書館前のベンチでぐったり座っていた。教授が借りた資料返却は一般図書のようにカウンターで返却するだけではなく、規定の手続きがあった。


 そしてなぜか私は司書に資料の貸し出しと取り扱いなどについて遠回しにチクチクとした苦言を言われるのだ。


「資料を使ってるのは私ではないのだけども」と言いたいがそこは喉に収めて、とりあへず謝っておく。


「返却お疲れ」


 ベンチでぐったりしていると声がかけられた。

 力なく顔を上げると友人の豆田がいた。


「あんたも手伝ってよ」

「無理よ。私はあの講義の後、すぐ次の講義があるんだもの」

「ぶーぶー」

 私は口を尖らせて抗議する。


「アホなことしてないでさ、レポートはどうなの?」


 レポート? ……ああ! 教授が言っていたやつか。


「あとちょっと。豆田は?」

「とっくに提出してるわよ」

「ずるーい」

「どこにずるーいがあるのかさっぱりね」


 豆田は私の左隣に座る。


「もしこれで単位が取れなかったら、教授にこき使われ損ね」

「ううっ」

「もう少し効率よく生きなさいよ」

「何よ効率って」

「ほらそこのキラキラ女子達みたいに」


 豆田が顎でくいっと指し示す方には顔も良い、スタイルも良い、ファッションセンスも良い、なんか良いとこづくめの瀬戸を中心としたイケてる女子グループがいた。いかにも彼女達は遊んでいる大学生グループである。


「……それを言ったら豆田もじゃん」

「私は背が150しかないから無理。あんたは162もあって細いでしょ? それに顔もいいんだし。ちょっと化粧を頑張ればいけるわよ」

「でも今のままでいいや」


 あのグループはキラキラしてるけど、なんか見てると胃が痛くなるんだよね。だからたぶんだけど、あの中に入ったら私は胃潰瘍になりそう。

 化粧やファッションを頑張ってまであのグループに入りたいとは思わないかな。


「今のままってことは教授達にパシられても良いってこと?」

「それは嫌」


 私はパシられて喜ぶドMではない。


 そこでチャラい男子大学生達が瀬戸グループに寄ってきた。手には何かチケットらしき紙切れを持っていた。


「お! 瀬戸ちゃん、これから俺らカラオケに行くんだけど一緒に行かなーい」


 いかにもチャラい口調だ。


『ウェーイ』

「えー」


 瀬戸さんは綺麗な眉を八の字にさせて心底嫌そうな声を出す。


「無料クーポンが今日までなんだよ。しかも新ちゃんの好きなモエモンのグッズが貰えるよ」


 チャラ男は瀬戸グループ内にいる後ろ髪を二つに結んだ子に声をかける。その子があらたちゃんなのだろう。


「マジで!」


 その新ちゃんは歓喜の声を出した。


 私でもチャラ男達はまず一人を崩しに行こうとしているのだろうと分かる。


「無料だよ、無料。この後、何もないでしょ? どう?」


 そしてとうとう瀬戸グループはなし崩し的にカラオケ行くことになったらしい。そして遊びグループ達は門を出ていく。


 私はそんなグループを横目で見送り、


「それじゃあ、私は帰ってレポート作るわ」

「頑張んな」


 私はベンチから腰を上げ、そして大きく伸びをする。

 豆田とはそこで別れて、家に帰る。


  ◯


 私は一人暮らしをしたいのだが、大学が実家からでも通える距離のため今も実家暮らしをしている。


 都心で乗り換え一回しての片道1時間半。

 それは近いわけでもなく、かと言って一人暮らしをしないと駄目なほど遠いわけでもないという中途半端な距離である。


 普通、終電を乗り逃したら大変ではあるが、大抵は都心のお店のため終電も一つ気にすればいいだけ。それにもし逃しても都心のためカプセルホテルや満喫もある。


 だから親は金のかかる一人暮らしを反対している。

 でも1時間半は辛いんだよね。往復で3時間だよ。


 玄関ドアを開けようと手を伸ばしたら向こうからドアが開かれた。


「おっと」

「あっ!?」


 内からドアを開けたのは妹だった?


「出かけんの?」

「まあ……美容院」

 とだけ言って妹は私の横をすり抜けて出て行く。


 帰宅した私はすぐにパソコンでレポートを作成にかかる。


 うちの家にはパソコンが二つある。一つは家族皆が使う用。そしてもう一つが妹が占有しているやつです。


 ずるいと言いたいところですが、妹は仕事で使ってるので文句が言えません。


 その妹の仕事は声優でパソコンなんて使うのかと思うのですが、詳しく聞こうにもはぐらされるんですよね。しかもどんなアニメの声優をしているとかも秘密なんですよ。


 さて家族用のパソコンはというと皆が使うということで廊下の机に置かれています。まあ、リビングだと邪魔されたり、テレビ音がうるさくて集中できませんから、仕方ありませんが、夏は暑いし、冬は寒いんですよね。


「あれ?」


 レポート作成のためWordを使用していたのですが、スペースがおかしい。それに箇条書きも。


「え!? 嘘!?」


 なんとかしようと色々試すのですが……駄目です。


「あー! もー! これだから安物は!」


 このパソコンは光回線を繋げた時、タダで貰えたパソコンなのです。


 キャンペーンプランがあり、そのプランで回線を繋げようとしたのに、母はで契約したのだ。


 そのプランというのが本当に一番安いクソ回線。


 さらに聞いたことのないJ・メゾンオフィスというアプリが入っていて、WordもこのJ・メゾンオフィスのWordを使っている。


 このWordがクソすぎで、行数と文字数を指定すると指定した行と文字数にならないということに。画面表示も見えにくかったりとか、ストレスが溜まる。


 その後、妹が良回線プランを母に勧め、今の回線に至る。


 私が言っても全く聞いてくれないのに、妹が言うとすぐに了承するのだからおかしい。しかもパソコンまで買い与えて。理不尽だ。


 おっと、そんなことをぷりぷり考えてはいけない。今はレポート作成。


 でも──。


「駄目だ。どうしよう。これは手書きか?」


 パソコン壊れたので手書きでと教授に言えば……無理かな? あの教授、堅物だし。


 ムムム!


 誰かに借りるか? 誰か、誰か…………ッ!


 妹がいるではないか!

 そうだ。妹のパソコンを借りよう。


 これは仕方のないこと。妹も分かってくれる。別に変なサイト見て、ウイルス感染するわけでもないし、問題はないんだから。


 妹の部屋にはここ最近入ったことがない。それは仲が悪いとかでなく、妹が部屋に入ることを拒んでいるからだ。


 さて久々の妹の部屋はどうなっているのか!

 私はドアを開けて中へと入る。


 ピンク色が多めの部屋だった。カーテンもマット、ベッドの掛け布団も。


 そして私はくだんのパソコンを学習机の上に発見した。


 これか。てか、すごいな。通常の液晶画面以外にも左右にもモニターがあるんだけど。計三つ。デイトレードでもやってるのか? それにマイクもある。


「てか、あいつ勉強はどこでしてんだ?」


 学習机にパソコン置いたら、教科書やノートを広げる場所がないぞ。


 ま、いっか。


 とりあへず、椅子に座り、パソコンの電源を点けようとしたが、待機状態になっていた。


「あいつ点けっぱなしで出かけたな」


 待機状態を解除する。


 ん?

 あれ?

 何これ?


 ディスプレイには私が想像していたものとは違うものが現れたのだ。

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