第4話 ペイベックス【福原岬】
最後の取締役員が会議室を出て、私は強張った肩を下ろした。
「はあ〜」
「お疲れ様だね」
プロデューサーの金村が私の肩を叩いて、
「まさか本当に上の人に説明をするとは」
今回の件で上に報告しないといけないとは聞いていたが、まさか取締役員達とは。
「なんでこの時間帯に会社にいるのよ」
会議が始まった頃は18時を過ぎていた。役員クラスなら帰宅中か高い料理店で飯を食ってる時間じゃないの?
「ちょっと前に会議があってね。で、ちょうど終わった頃にこの件が発覚したんだよ」
「はあ」
「それじゃあね」
金村は最後にもう一度私の肩を叩いてから会議室を出る。
「……肩叩くな」
◯
我が社ペイベックスは自分で言うのもなんだけど大手である。
90年代にテクノポップをどこよりも早く
その後の00年代にも音楽業界を席巻し、今では音楽のみだけでなく、俳優、声優、タレント、お笑いまで幅広く手を出している。
でもそのペイベックスがVTuber界に手を出したのは他の企業よりも遅かった。
理由は頭を禿げ散らかした上の人間達がVTuber課発足に対して渋っていたからだ。
彼らはいまだにCDというものに縛られた遅れた者達。
そういった者達を先輩が会議でVTuberをゴリ押しして、なんとか一人生み出すことに成功。そしてその最初のVTuber星空みはりが大成功したことにより上の連中もVTuberを認めざるを得なくなった。
この後に1期生も生まれ、これもまた大成功し、その後に次々とVTuberが生まれた。
けれど4期生が発足された頃にはVTuberは溢れかえっていて、新人VTuberは中々ブレイクしなかった。
そこへ追い打ちをかけるようにVTuberブームが去ったこと。そして多くのVTuberが前世バレや恋愛暴露などでリスナーへの信用が減ったことがVTuber界に暗雲をもたらした。
それゆえ我が社では6期生で募集を最後とも考えられている。
最悪4期生以下を縮小かと思われたその時に赤羽メメを宮下佳奈の姉が勝手に利用するという事案が発生。
それは立派な規約違反である。
即刻処分されてもおかしくはない。
しかし、思わぬ事態となってしまったことにより、混乱が生じた。
それは登録者数が13万人から30万人超えという増加。さらに同接8千。スパチャも本人が過去に手にした金額を上回る金額。SNSのトレンド上位にもランクイン。
さすがにこれで切るというわけにはいかなくなったのだ。
◯
エレベーターを降りて廊下を歩く。デスクに戻る前に私は社員用のカップ式無料自販機でコーヒーを一杯飲むことにした。
だが、その無料自販機に先客がいた。しかも今、会いたくないやつだった。
私が音を立てずゆっくり立ち去ろうとしたところで、相手がこちらに気づいた。
「福原か。お前もコーヒーか?」
彼は同期の鈴木。VTuber4期生のマネージャーを務めている。
「ええ」
彼は自販機の前を
うっとうしいなと思いつつ私は自販機の前に立ち、ボタンを押す。
「今、お前んのところ面白いことになっているらしいな」
「お耳が早いことで」
「この業界は耳が早くないと駄目だろ」
ま、そりゃあそうだ。歌で食っている歌手だってイメージというのが大事だからね。対応が遅れたら大変。最悪致命傷になってしまう。
自販機からカップを取り出して、私は近くの壁に寄る。
「で、上はなんて?」
「お咎めはなしよ」
そう言って私はコーヒーを飲む。
「それだけ?」
「……そうよ。結果オーライだったんだし。でも社長までいたのはびっくりだった」
「仕方ないさ。VTuberは人気コンテンツだからな。それに社長のお孫さんがVTuberにハマっているとか」
「へえ」
「他にも役員の爺様達のお孫さんもハマり始めているらしいぞ」
「吉報ね。でもそれでオワコンから抜けられるかしら」
実際にネットではVTuberはオワコンという声が上がっている。
「んなわけないだろ。数字を見てんのか? ああいうのは言いがかりのアンチさ」
「まあ確かに数字はほんの少し右肩上がりよね。でも、それは一部のVTuberだけ。新しい子は全然」
「でも今回ので波が生まれただろ?」
「どうかしら? 一時的かもしれないわ」
「でもこれから何らかの展開があるんだろ?」
「さあ? どうかしら?」
私は含み笑いする。
「なんだよ?」
「楽しみにしておきなさい」
空になったカップをゴミ箱に捨て、私はその場を去る。
実際、この後に展開があるかは宮下佳奈の姉との交渉次第。
上手く交渉できるよう手は打っておかないとね。
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