第30話 レッスン①【瀬戸真里亞】

 私達は喫茶店を出た後、宮下さんを家に招いた。


「瀬戸さんって、一人暮らしじゃないんだ」


 宮下さんが私の部屋を見て言う。


「うん。実家暮らし」

「それで話とは?」

「まあまあ、そこに座って待ってて」


 私は一度、一階に下りてリビングでジュースとお菓子を用意する。


「ごめんね。待たせちゃった?」

「あ、いえ、全然」

「はい。どうぞ」

「ありがとうございます」

「そんなに肩を張らなくてもいいから。気軽にしてよ」

「う、うん」


 まあ、仕方ないよね。いきなり身バレしてきて、さらにもっと話したいことがあるから部屋に来てなんて怪しいよね。


「宮下さんはオルタちゃんになるまでVtuberの経験も知識もないんだよね?」

「うん。しかも妹がVtuberやってることも知らなかったくらい」


 だよね。うんうん。あの素人っぷりはやはり本物だったと。


「でね、宮下さんはね、ちょっとVtuberとして、甘いというかダメダメなんだよね」

「ダ、ダメダメ?」

「うん。Vtuberとしての意識がなっていない!」


 私はビシッと宮下さんを指差す。


「ええ!?」

「本気でやってないでしょ? 契約違反に抵触してしまうからオルタとして活動しているんでしょ?」

「……うん。まあ、そんなとこ」


 当たった。


「でしょうね。だから地声で普通に配信をしているんでしょ?」

「うん。私はあくまでちょい役みたいだし」

「それ!」

「ひえ!?」


 私の声に宮下さんが驚く。


「そのちょい役程度に考えているのがダメなの!」

「ええ!?」

「いい? オルタちゃん効果で登録者も同接も爆上がりなのよ。それをこのまま、なあなあでやってたらリスナーは傷つくし、メメちゃんに迷惑をかけてしまうわ」

「そ、そうかな。あんまり表に出ない方が……」

「ダメ! 掲示板を見て」


 私はスマホでメメちゃんのスレッドを開いて、それを宮下さんに見せる。


「オルタちゃんを見たいという書き込みが多いでしょ。それにこれ。この前の5期生のトーク配信よ。その時も『オルタがいないからつまらない』という書き込みが多かったの」

「SNSは一応チェックしているけど、掲示板でこんなに書き込まれているなんて。ちなみに瀬戸さんも書き込んだりするの?」

「しない。見るだけ」


 私はきっぱりと否定する。ネットで喚くやつと一緒にしてほしくない。


「これでオルタちゃんの影響力が分かった?」

「うん」

「なら宮下さんはもっと勉強しないとね」

「は? べ、勉強?」

「配信の勉強よ」

「え? このままでも問題ないような……」

「いいえ。大ありよ。現にマナカ・マグラの動画PVも減っているでしょ?」

「まあ、減ってはいるけど。でも、ああいうのってどんどん減るのが普通でしょ?」


 そう。全12話あり、徐々にPVが減るのはおかしくはない。それにああいうのは最初と最後、それと話題になった回に集中する。


 けれど今のところ、オルタちゃんのマナカ・マグラのPVは減っている。


「新規もいないんでしょ? 第1話のPVも配信後から全く増えてないんだし。これって離れていっているってことよ。もちろん、今は大きく離れてないわ。オルタちゃんのファンもいるし。オルタちゃんを求める声は大きい。でも少しずつであるけど下がっているの。これは重大なことよ」


 と私は力説する。


「そうだね。PVを上げないとね」

「なら頑張らないと! それにはまず実況を上手くならなければ!」

「で、具体的に勉強って?」

「まずは2本のクソ動画を見て」

「え? クソ動画? どうして?」

「いいから。ちなみにそれらはVtuberのではなく、普通のど素人が作成した動画だから。時間も8分程度だから」


 私は宮下さんにスマホでクソ動画を向ける。

 まず始めに見せる動画はアニメ紹介動画だ。


 文字通り、配信者がアニメを紹介する動画。サムネイルには【このキャラの作中での扱いがひどい】とある。


 宮下さんはスマホを受け取り、再生をタップする。


『これね、本当にやばいんですよ』


 スマホから動画音声が放たれる。


『いやね、何がやばいってね、もう度肝を抜かれるくらいやばいんですよ。もうどうしてこのキャラがこんな目に遭わなければいけないのかってくらい残酷でやばいんですよ』


 私は宮下さんが動画を見ている間、私も邪魔にならないよう黙って耳をすませる。


『もう見てて辛い。本当に辛すぎる。やばいよこれ。やばすぎ。まじやばすぎ。本作は類を見ないくらいやばいですよ』


 途中で宮下さんが「何これ?」みたいな目を私に向ける。

 私はアイコンタクトで黙って最後まで見るように促す。


『超やばいんですよ。こんなのって、ひどいよね。こんなやばい作品に出会えて、私は超興奮してます』


 それからも『やばい、やばい』が馬鹿みたいに続いて、そして動画は終わった。


「どうだった?」

「う、うん。やばいね。……あっ! 移った」

「アハハ。この動画、ホントにクソだよね。こういうのをサムネイル詐欺って言うのよ。私もクソ過ぎてバッドを押して、コメントに『この動画、本当にやばいですね。何がやばいって、もう言葉では言い表せないくらいやばいですね。やばすぎて、もうやばいくらい興奮してますよ』って書き込んだわ。アハハハハ」

「コメント書くんだ」

「そりゃあ、Vtuberのファンなんだから、これくらいは書くわよ」


 まあ、この動画はVtuberではないんだけどね。


「もしかしてスパチャとかも?」

「もち」

「…………一度聞いてみたかったんですが、知らない人にお金を渡すってどうなんですか?」

「知らなくないわよ。私はちゃんとメメのことを知ってるわ。配信はちゃんと見て、切り抜きも見て、公式もちゃんと確認。メンバーズに入っているんだから。それとグッズもちゃんと持ってるわ」

「メンバーズ?」

「メメちゃんを応援する公式メンバーズよ」

「それもお金が?」

「月額ワンコインよ」

「そしてスパチャも送ってるんだよね?」

「もちよ。周りはお布施だのと言ってるけど。あれは会話みたいなものよ。いい? スパチャを送るとちゃんと返事をしてくれるのはファンとしては会話ができているみたいで嬉しいのよ。分かる? この気持ち。サイコーじゃない」


 あれ?

 宮下さんがやべえものを見ているかのような目をしているのだけど?


「へ、ヘエー。ソ、ソウナンダー。ソッカー。デモ、オフセニハホドホドニネー」

「馬鹿みたいなスパチャはしないわよ。さてと、次はこの動画よ」


 私はスマホを操作して次の動画を表示させる。


「これ? カワイイ猫動画なんだけど?」

「ふふーん。そう見えるでしょ? でーも、これもクソ動画なんだよねー」

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