第31話 レッスン②【瀬戸真里亞】

「どうだった?」


 2本目の動画が終わり、私は宮下さんに尋ねる。


「最悪ですね」


 宮下さんが溜め息交じりに答える。


「ほうほう。具体的には?」

「まずこの飼い主さんはウザいですね。そりゃあ猫だって怒るよ」


 2本目の動画は猫系動画で家猫を飼い主が撮影したもの。

 しかし、飼い主の声が大きくてうるさい。しかも、猫をわざと怒らせて噛まれるのだ。そしてそれをリピート再生しているから余計に煩わしい。


「普通に炎上しません?」

「してるよ。それでも動画を投稿しているよ」

「炎上しているのに?」


 宮下さんは信じられないという顔をしている。


「むしろそれが狙いかもね」

「こういうのってアカウント停止というのに引っかからないの?」

「アカウント停止。つまり垢BANね。動物虐待だったら引っかかるけど。これは不機嫌な猫に寄って噛まれているだけたしね。それに被害に遭ってるのは飼い主だし」

「でも、見てて不愉快ですよ。自分から寄って噛まれて、馬鹿みたいに騒いで」

「そうそう」


 私も不愉快だと思う。いや、結構な人がこれを見て、不愉快に感じている。だから炎上したんだろうね。


「それで……2つの動画を見たんだけど、これが何?」

「まず1つ目はサムネイル詐欺とボキャブラリーなの」

「うん」

「自分は関係ないって顔ね」

「そりゃあ、サムネイル詐欺はしたことないし、ボキャブラリーもあるほうだよ」

「でも感想やホラー配信時は結構同じ単語を連発しているよ」

「そ、そうかな?」


 宮下さんは嫌なとこを突かれて眉を顰める。


「だからボキャブラリーを増やすことだね。先人達の動画を見て、研究すること」

「うん」

「さて次に2つ目」

「あの猫動画と私、関係あるの?」

「今のあなたは事故により生まれ、そしてオルタちゃんという演出をしているのよ」

「でも本当に事故で……」

「そう。本当の事故よ。炎上はしなかった。むしろバズった。だけど今はオルタちゃんとして活動をしなくてはいけない。今までのように事故だけを演出してはいけない」

「事故って、最初の……」

「この前のBL説教も?」

「うっ! あれは事故だけど」

「ほーら。事故を起こしている。ほとんどのリスナーは事故と分かるけど、事故ではなく演出と見ている人もいるわよ。特に初めて知った人はね」

「そんなわけ……」


 ないとは言い切れず、宮下さんは黙った。


「過度な演出はしないこと。つまり今のあなたはプロとして自覚を持ち、事故を起こさせないこと。分かった?」

「うん」

「さて、基本的な講釈はこれくらいにして、次はメメちゃんの動画を見ましょう」

「え?」

「まずはメメちゃんがどういうキャラで配信をしているのか知らないと。安心して私はメメちゃんの大ファンだから。色々と教えてあげれるわ」


 そして私は宮下さんと一緒にメメちゃんの動画を見た。


 途中、何回か宮下さんにうるさいと叱られた。


  ◯


「瀬戸さんはメメに会いたい?」


 うおー! きたー!


 いやあ、この質問は来るなとは考えていたんだよ。


 会いたいかどうか?

 そりゃあ、会いたい。


 でも会って、イメージと違うと嫌だし。


 かと言って気にならないといえば嘘になるし。


「……会いたい。でも、会わせて欲しくない……かな?」

「矛盾してない?」

「ええとね、つまりは宮下さんが故意で会わせてくれるのは駄目で、たまたま、そう、偶然にも、ぐーーーぜんにも会ってしまうのは……ありかな?」

「はあ?」


 まったく分かってない顔をする宮下さん。


「いいの。分からなくて。ただメメちゃんに会わせようとするのはやめて」

「うん。分かった」


 …………いや、分かってないな。


 私は偶然会ってしまうのはオッケーってことなんだけど。

 つまり、そういう演出なら……。


「あっ! そうだ? ハリカーのコードだけど」


 宮下さんは13桁のパスワードが書かれた紙片を私に差し向ける。


「ああ! うん。ありがと。天野にも渡しておくよ。ハリカーといえばペイベックスの上半期イベントはハリカー大会だけど。メメちゃんが出るの?」

「うん。メメがね」

「ちなみにどっちが上手なの?」

「う〜ん。以前は私が圧倒的だったけど、今はどうだろう?」

「確か小学生からやっていないんだっけ?」

「うん。10年以上のブランクがあるよ。瀬戸さんはハリカー上手?」

「全然だね」

「天野さんは?」

「あいつは……どうだろう。ゲームの話を聞いたことないし。あっ! そうそう、宮下さんは天野と同じ高校だったんだっけ?」

「え? そうなの?」

「前に天野が言ってたよ」

「ん〜? クラスが違ったからかな? うちの学校は普通科、国際科、英数科があったからクラスも多かったんだよね。しかも2年になると文理に別れるから、さらに多くなるんだよね」

ひと学年で全何クラスくらいあったの?」

「3年の時は普通科4、国際科1、英数科2だったかな」

「英数科って理系のクラス?」

「違うよ。国公立進学を狙う頭の良いクラスだよ」

「ふうん。そうだ。アルバムとかあるでしょ? それで天野を見つけて、後で写メ送ってよ」

「分かった」


 あいつは結構目立つタイプだから、それを知らなかったとなると大学デビューなのかな?


 高校時代はどんな芋女だったんだろう?

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