第53話 鬱々と【朝霧由香】

 厭な夢を見て、目が覚めたら午前5時30分。


 溜め息をつく。


 変な時間に起きてしまったものだ。

 二度寝しようと目を閉じるも頭が重くて寝苦しい。


 昨日はあれほど睡眠が恋しかったのに、今は眠ることが煩わしいとは。


 私はベッドから出て、台所に向かう。

 冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを一本出して、リビングのソファに座る。


 キャップを開ける前にペットボトルを額に当てる。

 冷えた温度が額から熱と同時に何かを掬い取って貰えると期待していたが、残念ながら熱だけであった。


 ペットボトルのキャップを開けて中身を飲む。

 冷たい水が食道を通っていくのがなんとなくわかる。


 水を飲んだ後、テレビのリモコンに手を伸ばすも、この時間は何もやっていないと思い出して掴むのをやめる。


 私は何もすることがないので、ぼんやりとする。

 天井をじっと見つめ、時間が過ぎていくのを待つ。


 暇な時間。

 億劫な時間。


 タイムイズマネーという言葉からするととても勿体無い時間なのかもしれない。


 けれど何をすればいいのだろうか。


 目を閉じて、次の仕事を考える。

 赤羽メメ・オルタとのコラボは次で最後。

 今まで順調。


 それなのに私の心は波が立っている。

 大きくはなく、小さな波。

 どこか急かすように渚へと何度も波打つ。


 なぜだ? なぜ波打つ?

 何を苛立っている? 何を恐れている?


 次のコラボでプレイするホラゲが最恐と名高いから?


 いや違う。

 波打つ原因は大学だ。


 昨日のコラボ後、桜町メテオと遭遇した。

 そこで宮下さんが0期生勝浦卍と4期生銀羊カロと同じ大学だと知った。さらに3人はすでに大学内で会っているであろうことも。


 ならば、宮下さんはあの件について聞かされているのだろう。


 その上で昨日、私とコラボに付き合ってくれたのだろうか。


 どんな気分だったのだろうか。

 楽しくコラボできたと考えられるから、悪い気はなかったはず。


 もしあれが演技でないならば。


「ふう」


 溜め息が言葉として出る。


 彼女はタレント出身くずれのVtuberではない。だから演技なんて出来るわけはない。

 昨日のコラボは本心からのもの。


 そう。きっとそうだ。


  ◯


 朝にまた寝て、次に目が覚めた頃は夕方だった。


 本当に不規則極まりない生活。でも、それを選んだのは私だし。不規則な生活を苦にしているわけではない。


 パジャマから服に着替えて、スーパーに。夕食を買って帰宅すると、スマホにマネージャーからメールがきていたことに気づいた。


 メールを開封すると次は6期生全員でのコラボ配信の内容だった。


 6期生全員でのコラボ配信となると久々であった。夏のペイベックスVtuberライブ以来か。


 どこか後ろ髪を引っ張られる想いだが、そろそろ前のように関係を戻さないといけない。


 頑張らなくては。


 メールに返信すると、通話音が鳴った。

 マネージャーかと思ったら同期の音切コロンだった。


「もしもし?」

『今、大丈夫?』

「大丈夫だよ」


 私はリビングのソファに座って答える。


『次の6期生全員のコラボ配信について、ちょっと話があってね』

「……いいよ」

『コラボ前にさ、皆で飯に行かない?』

「それは……皆が行こうよと言ってるの?」

『さっきアキノから電話があってさ、一度飯を食べに行こうよという話になったの』


 アキノとは同期の前園アキノのこと。同期の中では最年長ということもありリーダーである。


『どう?』

「いいんじゃない?」

『分かった。伝えておくね』

「うん。あと、できれば肉がいいな」


 コロンは苦笑して、


『OK。肉ね』


 そして通話が切れた。

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