とあるVtuberの話⑥

 大学の就職支援センター職員からテレビの報道番組から企業の強制的は内定自主辞退の件を取材していて、被害に遭った私にもインタビューしたいという話を持ちかけられた。


 どうして報道番組が私の内定自主辞退の件を知っているのかが疑問だった。


 当初、私は拒否の姿勢を取っていたが、職員から「これが報道されれば、もしかしたら企業から再内定を得られるかもしれない」と言われ、私はしぶしぶ引き受けることにした。


 あとで知ったのだが、企業の強制的な内定自主辞退の件は有名で、各大学の就職支援センターは情報を共有していたらしい。

 そして、たまたま報道番組のスタッフがその話を知り、特集を組んだとか。


 私は実名を伏せてインタビューを受けた。あの時のことを思い出すと胸が苦しくなる。

 それでも私はインタビューの答えが、なんらかの結果を導くのではと期待して頑張った。


 後日、企業の強制内定自主辞退のサインについての件が報道された。

 報道タイトルは白箱で、私がインタビューで説明したことが簡潔に纏められ、報道されていた。


 大学のベンチで首から下を隠してのインタビュー。

 自分で自分の声を聞き、あの時の胸の想いを聞くのは少々違和感がある。


 そして私の後にも別の人のインタビューが流れた。私以外にも多くの人が被害に遭われていて、私と同じように偽名でインタビューを受けていた。


 これで社会は動くのかと淡い期待もあったが、結局、企業側からの謝罪も再内定もなく、泣き寝入りで終わった。


「私がやったことは意味があったのでしょうか?」

「……次の子達の役に立ったはずだよ」


 就職支援センターの職員は絞るように言った。


「そうですか? むしろ迷惑をかけたのでは?」


 ちらほらと聞く。いや、あえて私に聞かせるような陰口がこれみよがしに耳に入る。

 そのほとんどが「来年の子に影響が出る」とか「自己責任のくせに」とか「はためいわくなやつ」とか、そういう心無い言葉が聞こえる。


  ◯


 私は大学側に卒業の1年延期を申し立てをした。

 内定取り消しの件もあってか、すぐに受理された。


 就職支援センターの職員から「この1年はボランティア活動に勤しみなさい」と助言を受けた。


「面接では必ず、この1年の生活を聞かれる。何もしてないでは駄目。ボランティアをしていたと答えなさい。ボランティアは好評価だよ」

「ボランティア。ええと清掃とか炊き出しとかですか?」

「ここは海外だね。国内の地震被災地がベストだけど、ここ最近は大地震がないからね」


 そうして私はとあるアジアの難民や貧困層のいる地域に向かわされた。


 そこは大学生のボランティアが向かっても問題のない、比較的安全な地域であった。


 ただ、それでも心は落ち着かなかった。


 決して安全性に問題があるとかそういうのではなく、現地の子の目が怖かった。


 彼らは私を同じ人と見ていない目を向けているようだった。

 まるで宇宙人でもみるような──いや、気のせいだろう。


 でも、彼らが笑っていても、そこには違う意味があるような気がしてならない。


 私は努めて彼らの視線を無視してボランティアに励んだ。

 ざわついた、落ち着かない心も他のことに気をつかえば考えることはないだろうと。


  ◯


 私のいたチームでは井戸を作るのが一つのだった。


 この地域では飲み水を得るために、大きなかめを頭の上に乗せ、遠く離れた川へ掬いにいく。


 それを無くすため、井戸作りがボランティア内では盛んであった。


 私達女子も井戸作りではなく、作る側のサポートをした。

 というのも基本男性が肉体労働で、女性は掃除や料理、子供の面倒が主な仕事のため。


 そのため井戸を掘ったりしたのは男性で私達女性は直接関わっていない。

 まあ、それでもチームとして完成した時は皆で喜びあった。


 その後もまた他のボランティアチームと共に行動をしていたのだが、問題が発生した。


 世界中からの支援物資の中で食品があり、その食品があまりにも有り余ったので、私達ボランティア職員も残り物を食べることになった。


 賞味期限が切れて、廃棄されるよりかはマシだということで。


 だが、それがいけなかった。


 私達は上司の上司にあたるボランティア職員に怒られた。


 上司は外国人で恰幅のある体に立派なオーダメイトのスーツ、口には葉巻を咥えていた。

 なぜ上司の上司が外国人なのかというと、私達のボランティア団体はとある多国籍ボランティア団体の下にあるからだ。


 呼び出された場所も難民キャンプなどがある地域ではなく、その国の都市にあり、上司のいる部屋はブルジョワの溢れる執務室だった。


 建物もの素晴らしく、ホテルのような大理石のメインホールにロビー。受付嬢も美人揃い。エレベーターも2つもあり、どれもが広く、騒音もなく上がっていく。


 メインホールにはボランティアチームが使った客向けの宣伝CMがスクリーンに流れていた。


『たった300円で1人の命が救えます』


 その宣伝CMを見た私はこんなビルを建てるなら、もっと大勢の命を救えるだろうと毒づいた。


「これは難民の彼らが食べるもので、君達が食べていいものではない」


 外国人上司の隣にはべっている男が外国人上司の言葉を日本語に通訳する。


「しかし、あまりにも多く、賞味期限も近いため、処分するなら……」

「だからといって食べていいわけではない。もしこれが公になったらどうする? 世界中から、『我々が難民のために送ったものを日本のボランティア職員は勝手に食べている』と報道されてしまうではないか」

「きちんと説明をすれば……」

「世界の大半なんて説明と言い訳を混同するやつらだぞ。人は信じたいものを信じるんだよ。ましてや善意の裏側というものがあると信じて、ひっそりと待ち構えているんだよ」


 そして私達は日本へ強制帰国された。


 強制帰国されたが、大学の就職支援センターは「まあ、それでもまずまずの経験談が出来た」と納得していた。


 その後、私は2度目の就活を始めた。


 面接では大学を卒業延期した1年間についての質問をされた。


 もちろん、返答はボランティアだった。


 実体験を交えたものだから、好評価は得たはず。


 ……。

 …………。


 けれど、どこからも内定は得られなかった。


「リーマンショックの影響が続いているのかね」


 と、就職支援センターの職員は困ったように言う。

 実際に困っているのは私なのだが。


 とうとう私は一社も内定が取れずに卒業した。


 この1年はなんだったのだろうか。


  ◯


 大学卒業後はハローワークで紹介された企業に勤めた。


 正社員ではなく派遣社員。


 おかしくないだろうか。


 職業紹介所から派遣会社を紹介され、その派遣会社から企業へ派遣された。


 間に派遣会社を入れる必要があるのか。


 昔、派遣というと闇金から借金した債務者が、返済が滞ってタコ部屋や遠洋漁業の船に入れられることを指していた。


 それが今では普通になっている。


 派遣業がクリーンになったといえば聞こえは良いが、正社員が減り、派遣や契約が増えたというだけではないか。


 大学卒業後も大学の就職支援センターから「いつでも相談に乗るから気軽に来るように」など言われていたが、私は足を向けることはなかった。


 ゆえに向こうから度々呼び出され、職員から私の近況について質問をされた。


 ハローワークで紹介された派遣先について、私は派遣で働く前に、職員に派遣社員についての相談をしていた。


 なるべきか、ならざるべきか。


 大学を卒業してまで派遣社員はいかがなものかと考え、私は迷っていたのだ。

 私の迷いに職員は、今はそれがベストな選択だろうと私の背を押した。


「何よりも派遣先があの大手広告代理店の丸通じゃないか」



  ◯


 派遣の仕事は意外にもあまり苦ではなかった。

 賃金こそ安いが、私は仕事をきっちりとこなしていた。


 このまま正社員も難しくないだろうと順風満帆だった。

 今まで不幸だった分、幸福が訪れのだと。


 だが、甘かった。


 正社員への話が来た時、私はとあるプロジェクトへの参加させられた。


「正社員になりたいなら、正社員のようにプロジェクトに参加して、力を示してもらいたい」


 上司にそう言われて、私はこれはテストだと思って意気込み、頑張った。


 だが、そこから地獄が始まった。


 プロジェクトリーダーの人格がやばかったのだ。


 報連相が大事と言うので、お伺いをたてると「それくらい自分で考えろ」と罵られ、自分で判断して進めると「俺に通すのが普通だろ、 何様だ!」と怒られる。


 プロジェクトの企画に対しても私の案を皆の前でダメ出しして、私の尊厳すらも踏むにじむ暴言も発せられた。しかし、すぐに私の案を真似た企画を自身が発表する始末。


 文句の目を向けると「文句あんのか?」と怒鳴られる。


 そこで私と黙っていられなくなり「この企画は私の発案では?」と問うとリーダーは「お前の案をブラッシュアップしてやったんだよ。ありがたいと思えよ。ゆとりの餓鬼はお礼も言えないのか」と逆ギレ。


 私がリーダーに歯向かったことが部の上司に知られて、私は呼び出された。


「正社員になりたいんじゃなかったのか?」


 上司は爪切りで爪を整えつつ、私に聞く。


「はい」

「なら、諍いはやめてくれよ。正社員になったら仲間なんだからさ」


 上司は私を小馬鹿にするように笑った。


 それから「最近の若者は〜」というフレーズからグチグチとした説教を始める。


 それを私は拳を強く握りしめながら黙って聞いた。


  ◯


 その後も私はプロジェクトリーダーに酷い目に遭った。


 無理難題な指示、サービス残業は当たり前、少しでも遅れると罵詈雑言、そのくせ自分は何もせず、私の仕事を自分のことのように振る舞う。


 何よりも苦しかったのが、下請けの納期の件だ。


 無理な納期と分かってての注文。


 そして納期が遅れるとなると私に下請け会社に電話をかけさせて、「早くしろ」と言わせたことだ。


 元はリーダーが決め、下請け会社に圧をかけたのがいけない。


「早く言うんだ! 分かってんのか? 正社員になりたいんだろ!」


 私は怒鳴られ、無理矢理下請け会社に連絡させられる。


 向こうから謝罪が来た。どうあっても本日中には間に合わないと。


 私は後ろに立っているリーダーの言葉通り、私は悔しくて悲しくても正社員になりたいがために罵詈雑言を発する。


  ◯


 そして下請け会社の社員が自殺した。


 それが大きな問題となり、事故報告会設けられた。


 私もその報告会に呼び出しを受けたのだが、その前に上司とプロジェクトリーダーに会議室へと呼ばれた。


「お前のせいだ!」


 いきなり私はリーダーに名指しで怒鳴られた。


「あなたのせいでしょ?」

「人のせいにするな!」

「あなたが無理な納期を命じたんじでしょ? しかも遅れるとなると私に連絡して、あれやこれやと言わせたでしょ?」

「嘘をつくな!」

「嘘はそっちでしょ?」

「まあまあ、2人とも」


 そこへ上司が間に割って入ってきた、


「いいかい? 彼が責任を取ったら、社が慰謝料を払わないといけない。だが、君は派遣だ。な? 分かるだろ?」

「派遣だから責任を取れと?」

「元はお前の企画だろ?」


 リーダーは苛ついているようで、髪を何度もかき上げる。そしてうろうろする。


「その企画を盗んで自分のもののようにしたのもあなたでしょ? 都合が悪くなったら責任を全部こっちに押し付けるんですか?」


 今まで鬱憤を晴らすように私はリーダーに噛み付く。


「落ち着け!」


 上司がまた間に入り、そして私に、


「君も正社員になりたいだろ? な?」

「責任を引き受けたら正社員に?」

「ああ! 約束する」


 上司は気持ち悪いくらいにっこりと笑う。


「一筆かけますか?」

「…………」


 上司は笑ったまま止まる。そして目が次第に鋭くなる。


「私も馬鹿ではありせん。口約束で納得は出来ません」

「私を信じてはくれないのかい?」


 上司のその顔は困ったというか、口答えするなという表情だった。


「人に責任を押し付けるような人を信じろと?」

「私は何も好きこのんで君に責任を押し付けているわけではないんだ。な? これは社を守ることと思って」

「建前を言うな。本名は保身でしょ? 無理ですから」

「なら、正社員の件はなしだ」


 上司はキレて私に指を向ける。


「つまり脅迫ですよね。正社員というのをぶらつかせて言うことを聞かせる。最低ですね。こっちから正社員はお断りさせていただきます」

「あー、もう! なんでゆとり世代はこうもバカばっかなんだ。なんだ? 金か? 金が欲しいのか? な? どうしたら責任を引き受ける?」

「金とかそんな問題じゃないわー! 全部潰れちまえ!」


 私は人生で1番な大声を出した。


  ◯


 事故報告会で私は全てを話した。


 だが、調査員はまるで私が嘘をついているかのように決めつけていた。


 時折、同じく呼ばれた上司とプロジェクトリーダーに向けて視線で「これはどういうことだ?」と言っているようだった。


 それでは私は確信した。


 ああ、こいつらは全員グルだ。

 皆、知っているだ。

 誰が悪いのか。


 そして社を守るために口裏を合わせていたのだ。


 私は辞職して、その後は自殺した被害者側から証人喚問された。


 裁判で私は全てを喋った。


 その反対尋問で、


「貴女はプロジェクトリーダーに対して恨みはありますか?」

「あります」

「丸通を恨んでますか?」

「はい」

「つまり恨んでいるからこそ、その仕返しで証人として立っているのですか?」

「恨みもありますが、私は──」

「質問には簡潔にお答えください」

「多少の仕返しを……という気はあります」


 私は一度を呼吸をして、答える。


「つまり恨んでいるからこそ、丸通の悪評になることを言っているのですか?」


 その質問で分かった。


 弁護士は私が恨みつらみで虚言を吐いているかのようにしたいのだと。


「悪評は丸通の責任ですよ!」


  ◯


 実のところ、裁判は意外にもあっけなく終わった。


 決めては証拠だった。


 納期が遅れた時、プロジェクトリーダーが私にあれやこれや言わせてた音声が被害者の通話録音データに残っていたのだ。


 そりゃあ、後ろで大声でああだのこうだの言えと怒鳴っていたら聞こえるよね。


 その後、丸通は自殺した被害者家族とは和解となった。さらに私に対しても慰謝料を払ってきた。


 が、それで終わりになるわけではなく、丸通は過重労働やパワハラ、さらにはその他の問題が芋蔓式に現れた。


 ネットでは大手広告代理店丸通はブラック企業と認定された。


 昔はブラック企業というと暴力団関係の会社を指していたが、今では労働環境の悪い会社をブラック企業と呼ぶ。


 派遣といいブラック企業といい社会はどんどんいびつになっていないか?


 ちなみに今でもブラック企業というと丸通の名が出る。


 ざまあみろ!

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