第61話 関係性④
「ごめーん。待った?」
遅れて桜町メテオさんが喫茶店にやって来た。
「うん。待った」
藤村さんが返答した。
「ごめん、ごめん。エンジニアに捕まってさ」
メテオさんは藤村さんの隣に座り、店員にアイスティーを注文。
「なんでアイスティー?」
「お二人ともアイスコーヒーだし」
そしてアイスティーが届いて、メテオさんはストローを使わずにコップに口をつけて、ごくごくと飲む。
「生き返るわー。もう歌いすぎてさー。4トラック追加なんだから」
「そう。で、ほら、挨拶」
藤村さんが膝でメテオさんを突っつく。
「挨拶?」
「初対面でしょ?」
「違うよ。前に会ったよね?」
と、メテオさんは私に聞く。
「はい」
「あ、でも、本名は知らないわ。私、二階堂桃香」
「私は宮下千鶴です」
「エンジニアって、歌の?」
藤村さんが頬杖をつき、二階堂さんに聞く。
「うん。竹原さん」
エンジニアの竹原……あの人か。私も以前、ペイベックスVtuberライブ関連でお世話になった。
「ただでさえ、めちゃくちゃ歌わせるのに、終わり頃で『もうちょっと』って言われてさ」
「オリ曲? カバー曲?」
「オリ曲」
「だからじゃない?」
「どうして?」
「オリ曲は気合いを入れて売らないとね」
「そうかな? あの人はオリ曲とかカバー曲とか関係なくうるさいと思うな。宮下さんはどう思う?」
「私、ですか? ん〜、そうですね。確かに竹原さんは妥協というのを嫌いますからね。気になったら、とことんやるタイプですかね?」
「ほら、宮下さんもそう言ってるじゃん」
「ふうん? 宮下さんもレコーディングとかしたの?」
「いえ、この前のペイベックスVtuberライブの時に竹原さんにお世話になって」
◯
私達は飲み物だけでなく、ケーキも注文した。
私はチョコレートケーキ。藤村さんはチーズケーキ。二階堂さんはパンケーキを。
「そのパンケーキやばない?」
藤村さんが二階堂さんのパンケーキを見て驚く。
二階堂さんが注文したパンケーキは1段であるが、厚みが3段分もある。
「ふわふわパンケーキだからね」
二階堂さんがナイフとフォークを当てるだけで、パンケーキはぷるんぷるんと揺れる。
「やばいくらい揺れてるぞ。大丈夫か?」
「大丈夫」
と、二階堂は言うものの、顔は険しい。ゆっくりとナイフを刺して、パンケーキを切っていく。
「宮下さんはVに慣れた?」
「う〜ん。まだやってないこともありますし、配信だけなら慣れてきましたね」
「やってないことって?」
「3Dモーションを使ったのとダンスとかアニメーションのアテレコですね」
「あとはそれだけか」
「ですね。だからVtuberとしてはまだまだですね」
「いやいや。個人勢並みよ。ね? 桃香?」
「う、うん。そ、そうね」
二階堂さんはパンケーキを切るのに集中しているようだ。
「手伝おうか? 見返りは一口ぶん」
「……それじゃあ、そっち抑えて」
そして二階堂さんは見事、パンケーキを一口サイズに切った。
「やっと切ったぜ」
「とるける〜。あま〜い」
藤村さんが二階堂さんより先にパンケーキを食べて感想を言う。
「先輩、なんで先に食べるのさ!」
「じゃあ、食べろよ」
「ひどっ!」
二階堂さんもパンケーキを食べ始める。
「おお! これはすごいわー。歯がいらないわー」
「宮下さんも一口食べなよ」
「私のなんだけど。なんで先輩が言うの?」
「いいじゃん。あげないの?」
「違いますよ。宮下さんも一口どうぞ」
「では、一口」
私はフォークで一口サイズに切られたパンケーキを食べる。
「んん! 確かに美味しい!」
パンケーキは口に入れた瞬間、トロトロに溶けて、甘いミルククリームが広がったように舌を包む。そのクリームの後にハチミツの味が訪れてくる。
◯
「先程、二階堂さんは藤村さんを先輩と仰ってましたけど、藤村さんが先輩なんですか?」
「そうだよ。2期生だけど、0期生のメテオをより早くデビューしたの」
「……0期生から順にではないのですか?」
0期生の勝浦卍が他よりデビューが遅いというのは知っていた。けれど普通は順番通りのはずで、0期生が絶対に先輩ではない理由がずっと分からなかった。
「1期生から6期生はデビュー順。でも0期生は特別なのよ。ね?」
「うん。デビューが特殊で色々なの」
「特殊……私みたいな?」
「アハハッ、さすがに配信事故じゃないよ」
と、二階堂さんは笑う。
「私は個人から。みはり先輩はペイベックス初Vtuber。明日空ルナは車椅子」
「他は移籍やスカウトとか様々。ややこしい子もいるから0期生のデビューは安易に聞かないのが、暗黙の了承みたいになってるわね」
「そうなんですか。すみません。聞いてしまって」
「気にしないで。私は別に聞かれても問題ないし。個人から企業勢になっただけだし」
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