第6話 能力

「全然ダメね。まずセンスがないわ」


 ダンステストからいつの間にかダンスレッスンになっていた。


(テストをする価値もなしか)


 それはそれで悲しい。


(でも、これいつまで続くの?)


 かれこれレッスンが始まって30分は経っていると思う。

 空調は効いているとはいえ、汗ばんできた。

 もうテストする価値なしなんだから、やめてもらっても構わないのに。

 そんな私の心内を理解してくれたのか先生が手拍子を止めてくれた。


「もういいでしょ?」


 と先生は福原さんに問う。


「そうですね。なんかすみません。お手数をおかけして」


 福原さんは苦笑いして答える。

 私は膝に手をついて、腰を曲げる。そして息を吐く。

 するとどうだろう。疲れが一気に訪れた。体力はまだあると思っていたのに、まるでもう動けないという疲労が私を襲った。

 汗が流れて、お腹は空腹のような倦怠感、口は開きっぱなしで吐いた息が力と共に流れているようだ。


「大丈夫ですか?」


 駒沢さんが私の元にやってきて尋ねる。


「大丈夫です」


 背を伸ばすと汗が一気に背中へ流れたのを肌で感じた。


「お姉ちゃん、これ」


 佳奈が急いでやってきて私にスポーツドリンクを差し出す。


「ありがとう」


 私はキャップを開けて、中身を飲む。


「はい。タオル」


 次にタオルを受け取って、汗を拭う。

 一通りタオルで汗を拭い終えるとまたスポーツドリンクを飲む。


「ふひぃ〜。生き返る〜」

「これくらいでバテるなんて運動不足よ」

「仕方ないでしょ。大学入ってからろくに運動なんてしないんだから」

「そう言えば大学生でしたね」


 駒沢さんが思い出したかのように言う。


「はい。大学2年生です。……と、私は赤羽メメ・オルタの宮下千鶴です。ダンスレッスンの途中に割って入ってすみません」

「私は駒沢鈴音です。明日空ルナこと駒沢夏希の姉でダンスや動作を担当をしています」

「担当?」

「妹の夏希は足が悪くて、それで私が代わりにダンスや動作を担当しているのです」

「そうなんですか。……それってありなんですか?」


 つい小声で聞いてしまう。


 姉がダンスや動作担当していることはリスナーは知らないということ。

 それはリスナーを騙しているということにならないだろうか。


「ええ」

「私も佳奈に踊らせようかな。私、踊り下手だし」

「お姉ちゃん!」


 佳奈が一際大きい声を出す。


「何よ大声で。だって、アバターは色違いなだけでしょ。メメが踊っても問題ないよ。私、踊りたくないよ」

「駄目でしょ!」

「もう。うるさいな」


 そんなに私を踊らせたいな? ダンスが下手って分かったはずなのに。


 そこへ福原さんがやってきて、


「ではシャワーの後、歌のテストといきましょうか」

「ええ! 私、ダンス無理って分かったですよね?」

「世の中、ダンスソングだけではありませんよ」

「ううっ」


  ◯


 私はシャワールームで汗を流して、普段着に着替えているところで佳奈が、


「さっきのはよくないよ。デリカシーがない」


 と咎めるように言う。


「さっきの?」


 なんのことだろう?


「駒沢さんの」


 駒沢さん? んん?


「どういうこと?」

「駒沢さん……妹さんの夏希さんは交通事故で下半身付随になって踊れないの……それなのに踊りたくないって」

「そうは言ってもさ、私は踊れないから……」

「世の中には踊りたくても踊れない人がいるの。だから『私も夏希さんのように誰かに踊ってもらいたい』なのは駄目」

「別にそんな風に言ったつもりはないんだけど」

「お姉ちゃんはそうでも受け取る人は違うかもしれないでしょ」


 まあ、現に佳奈はそう言う風にも聞こえたということだしね。


「分かった。気をつけるよ」


 そう言って私は半袖のシャツに腕を通した。

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