第16話 レッスンスタジオ

 燦々さんさんと降り注ぐ陽光を私は木陰を歩いて回避する。道には陽炎がゆらゆらと視界をぼやかせる。しかも蝉が大合唱してうるさく、別世界にいる感覚だ。


(あっつう!)


 そしてうだるような気温が私の体力を襲う。汗が頬をつたい、顎に辿り着き、ポタリと落ちる。


 私はダンスレッスンチームとは違い、別の施設だった。

 その施設へ今、私は1人で歩いていた。


(なんで?)


 別にダンスレッスンスタジオでも発声練習くらいは出来ると思うのだけど。


(遠いなー)


 福原さんは道に沿って進むだけと言っていたけど遠い。

 しかも道そのものはまっすぐでなく、右は左へと曲がったり、坂があったりする。


 時折、ジョギングの人達とすれ違う。


 そしてしばらく歩き続けて、やっとホットケーキタワーのような施設に行き着いた。


「でっか。ここかな?」


 福原さんは道を進んでいけば、最初に目のつく施設があるので分かり易いと言っていた。


 ならここだろう。

 さすがは天下のペイベックス。

 レッスンスタジオも半端ないや。


 私がドアへと向かおうとしたところを後ろから止められた。


「そこではありませんよ」


 振り向くとそこには駒沢鈴音さんがいた。鈴音さんは少し息切れしているのか、膝に手をついていた。

 そして今日は車椅子の夏希さんはいなく、1人だった。


「こんにちは」


 私は頭を下げ、挨拶をする。


「こんにちは。今日は歌の練習?」

「はい。鈴音さんもですか?」

「私ではなく妹のね」


 そうだった。鈴音さんはダンス担当で歌声は妹の夏希さんだった。


「それでそこではないとは?」

「そこは公園の事務所で、私達が使うレッスンスタジオはそこよ」


 と後ろを向いて木々に囲まれた背の低い建物を指す。


「あ、あそこなんですか?」


 私は少し通り過ぎていたようだ。


「3階から貴女が間違えて向こうの施設に行こうとしてたのが見えたので」

「すみません」


 お手を煩わせたようだ。


「いいのよ。別に」


(ん? でも、3階から声をかけてくれたら良かったのに)


 少し離れているから? それとも蝉の大合唱で声が届かなかったとか?


「初めは皆、間違えちゃうのよね。分かり易く看板とか立ててくれたらいいのに」


 鈴音さんは困ったような顔をする。


「そうですね。木々囲まれていたら見えませんよ」

「さっ、こっちよ」


 と鈴音さんは歩き始める。


「はい」


 私は鈴音さんの背を追ってレッスンスタジオへと向かう。


「あの、夏希さんは?」

「すでにレッスンスタジオの教室にいるわ」

「すみません」


 遅刻したわけではないが、後輩が後から来たということで私は謝罪をした。


「いいのよ。まだ時間前だし。それに悪いのは貴女ではないわ。ちゃんと案内や説明を怠った事務所なんだから」


 その言葉には呆れとは違い怒気も含まれていた。鈴音さん達も昔、間違えたのだろうか。


  ◯


 こんなことを言うのもなんだが、レッスンスタジオはボロかった。

 3階建てでヒビが走っているコンクリのビル。


 レッスンスタジオというかペナント募集して10年以上すっからかんの無人ビルみたいだ。


 中も薄暗く、最低限の光しかなかった。


 鈴音さんはロビーを突っ切り、奥のエレベーターへ歩き進む。


「あのう。手続きとかは?」


 私は1階の受付を指差す。


「3階でするの」

「そうですか」


 そして私達はエレベーターで3階へ向かい、教室へと入った。


 ドア開けるとすぐに靴脱ぎ場と下駄箱と隣にスリッパが詰められた段ボールがあった。

 靴脱ぎ場の端には折り畳められた車椅子が置かれていた。


「スリッパは好きなのを使ってね」

「はい」


 私は靴を脱いで、緑色の先っぽがちょっと剥げたスリッパに履き替える。


 部屋も廊下と同じく電灯の光量は少なかったが、窓からの光が部屋を明るくさせていた。

 そしてクーラーはなく、扇風機が2台あるだけだった。


 その部屋に私達以外に女性の先生らしき人と椅子に座らされた夏希さんがいた。


「あの、宮下千鶴です」


 私は先生に名前を告げ、頭を下げる。


「ええ。聞いてるわ。私は相模裕美」

「よろしくお願いします」

「こちらこそ。では、まずはここにサインを」


 先生は机の上に置いてあるクリップボードとボールペンを差し出す。

 私はボールペンでクリップボードに挟まれた施設利用者登録欄というプリントに名前を記入。


「身元を確認出来るものある?」


 私はポケットから財布を取り出し、学生証を先生に差し出した


「はい。オッケー。ありがとう」

 

 学生証を返され、私は代わりにクリップボードを返す。先生はクリップボードを机に置き、腕時計で時間を確認する。


「ちょっと早いけど、練習をしましょうか」


 先生は手を叩き、私達に言う。

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