第44話 リハーサル②

 控室に女性スタッフが入ってきて、


「それでは赤羽メメ・オルタさん、レコーディングルームに入ってください」

「はい」


 私は立ち上がって、「ではお先に」と夏希さんに軽く頭を下げる。


「ええ。頑張ってね。あと、ここからは本名はダメだからね。Vの名で呼ぶこと」

「大丈夫です。任せて下さい」


 私は控室を出て、廊下を挟んで隣のレコーディングルームに入った。


 前にテストをした時のレコーディングブースとは違い、レコーディングルームは広かった。奥にはグランドピアノが一つあった。


 壁には大型のスクリーンが3つもあり、画面にはメメ達5期生が映っていた。


『5期生の歌が終わった後、MCが入ります。メメさんがオルタさんの紹介をし、そこで向こうとこっちを繋げます。オルタさんは自己紹介の後、曲を流しますので歌ってください』


 隣の部屋から女性スタッフの指示がきた。


「分かりました」


 私はメメ達の歌を見送る。


 そして歌が終わり、MCに入った。

 リハサールだから実際に会話もなく、あくまで形。マイさんが時折『いえーい』とか『皆見てるー』なんて手を振っている。


 そして運営側に促され、私の紹介となる。


『では繋ぎます』


 レコーディングルームとメメ達のスタジオが繋がった。


『……では赤羽メメ・オルタです』

「どーもー。紹介に預かりました赤羽メメ・オルタでーす。今日は初ライブですのでお手柔らかにお願いしまーす」


 そして曲が流れる。


 大丈夫。

 いっぱい練習したんだから。

 それにテストにも合格したんだ。


 問題はない。

 私は息を吸い、歌声を出して曲に乗せる。


 タイミングはバッチリ。

 イケる!


  ◯


 曲が終わり、


『おお! オルタ、すごーい』

『カッコエエ!』

『イイヨ、イイヨ!』

『あまり期待してなかったから、すんごい驚いた』


 歌い終わると5期生のメンバー達に褒められた。


(1人ひどいのがあるけど)


『合宿した甲斐があったね。きっとファンも喜ぶよ』


 リーダーのミカゲさんが私を労う。


「ありがとうございます。皆さんがそう言ってくれるなら安心できます」

『今度は私ともデュエットしようよ』

『マイ、ずるーい。私ともデュエットしよー』

『フジは昭和歌謡曲だから無理なんじゃなーい?』

『はあ? 最近の曲だって歌えるし』

『……ねえ、踊った私も労ってよ』

「あっ、メメ、ありがとう」


 きちんとここでは佳奈のことをメメと呼ぶ。


 メメは膝に手をついていた。

 スクリーンにはガワの方が映し出されているので、疲れているのかが分かりにくいが、実際は声の息切れ感から察するにそうとう疲れているのだろう。


『お姉ちゃん、それだけ? この曲、すんごいきついんだよ』


(あれ? 佳奈はお姉ちゃん呼びでよかったのかな? まあ、世間にはオルタは姉ってバレてるし。一緒に配信した時も……お姉ちゃん呼びでだったかな?)


『どうしたの?』

「あっ、ううん。何でもないよ。上手く歌えたなら本番も大丈夫だよね?」

『オッケー』


 メメがサムズアップする。


  ◯


 スタジオと通信が切れて、スクリーンでは3期生達の歌が始まった。


『どうでしたか? 何か違和感はありましたか?』


 隣の部屋にいる女性スタッフからリハーサルについて聞かれた。


「問題は……」


 ないと言おうとした時、夏希さんの言葉が頭をよぎった。


「あの、もう一回歌ってみるというのは……駄目ですか?」

『まあ歌うだけなら問題はありません。歌います?』

「できれば一曲お願いします」

『はい。分かりました』


 と、すぐに了承が得られた。


 そして曲が流れ、私はもう一度歌う。


  ◯


『どうでしたか?』

「あ、はい。問題はないです。すみません。わがまま言って」

『いえいえ、いいんですよ。普通のことですし』

「普通ですか?」

『ええ。いつもと歌ってる場所が違うと違和感があるんですよね。慣れとしてもう一曲歌うのは問題ないですよ』

「そうですか。ありがとうございます」


 私は隣の部屋に向け、頭を下げる。


『はい。お疲れ様でーす』


 レコーディングルームを出て、控室に戻った。


 夏希さんはテーブルに頬杖をついてスマホをいじっていた。


「お疲れ。長かったわね」


 夏希さんはスマホをいじりつつ、私に聞く。


「リハサールの後、一応もう一回歌わせてもらいました」

「そう」

「……」


 会話が止まってしまった。

 人見知りモード発動。

 どうしよう。

 何か話のネタはないかな?


「ええと、夏希さんの番は……」

「私はまだ先。この時間って暇よね」

「……」


 プリントでスケジュール確認すると確かに夏希さんの出番はまだのようだ。


(あれ?)


 そういえば私って、もう終わったんだよね?

 帰っていいのかな?


「あ、あの、私って、もう帰ってもいいんですか?」

「ん? 先輩を置いて帰るの?」

「すみません」


 ですよねー。

 帰っては駄目ですよねー。


「それに全リハーサルの終わりにスタッフから話があるわよ。プリントの下に書いてあるでしょ」


 私はプリントの下に書かれている文面を読む。


「リハーサル後にスタッフから話がありますので」


(ホントだ。終わりに何か説明でもするのかな?)


 でも、暇だ。この時間何をしろと?


「あっ、レコーディングルームって、かなり広かったですよ。不思議ですよね。ああいうところって物を持ち込んでは駄目だから小さい部屋のはずですよね」

「バンドとかでしょ?」

「バンド……ああ! ドラムとかですね。そういえば奥にグランドピアノがありましたよ」

「だから広いのよ。ここはペイベックスのスタジオよ。色んなバンドやアーティストがいるのよ」

「へえ。ちなみに夏希さんはここには何度も?」

「ライブの時はね」

「そうなんですか」


(…………ああ! また会話が止まった。どうして、こうも……ん? あれ?)


 先程から夏希さんはスマホをいじってるけど、なんかスマホをいじってるフリみたいな様子。

 もしかして夏希さん緊張してる?


「夏希さん、緊張してます?」

「してるわ」


 即答された。


「リハだろうが本番だろうが緊張するわ」


 そして夏希さんはスマホをテーブルに置き、息を大きく吐いた。


「手のひらに人の字を3回書いて吸ういうのがありますよ」

「知ってる」


 ですよね。日本人なら皆、知ってますよね。


「……ええと」


 他に緊張をほぐすやつあったかな?


「……静かにしてくれたら、それでいいから」

「はい」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る