第38話 カラオケ

 今日は瀬戸さんとカラオケに来ていた。豆田も誘いたかったが、『ごめん。ちょっと喉が痛いの』と掠れ声で謝罪を受けた。


「どうしたの? 夏風邪?」

『違う。ちょっと歌い過ぎたため』

「歌?」

『……うん』

「カラオケ行ったの?」

『……まあ、そんなのとこ』


 どこか歯切れ悪く豆田が答える。


 お土産も渡したかったのが、喉が痛いのなら致し方ない。お土産はまた後日に。

 ということで、今日もまた瀬戸さんと共にカラオケに来ていた。


「これお土産」

「ありがと。ええと、これはまんじゅう?」

「なんか地元で有名なんだって」

「へえ。で、どうだった合宿は?」

「きつかったわー」


 私は合宿での内容を瀬戸さんに話した。レッスンや配信、夕食のこと。

 もちろん、コンプラに引っかからない程度の情報。そこは向こうも理解してくれているのか深掘りはなかった。


「いいなー。私も参加したかったー」

「でも、きついよー。ジョギングさせられたからね」

「でも推しとバカンス……いいなー」


 瀬戸さんがうっとりした表情をする。


「だからバカンスじゃなくて合宿だから」

「そうね。で、レッスンの成果は?」

「ふっ。今から見せようではないか」


 私はマイクを持つ。

 曲が流れ、私は歌う。


  ◯


「どうだった?」


 歌い終わって私は瀬戸さんに聞く。


 私が歌ったのはテストでも歌う五浦いつうら宇宙そらの『スーパーカー』。

 合宿でめちゃくちゃ練習した曲。

 以前よりかはかなりマシなったと自負している。


「ね? どう?」


 瀬戸さんがなかなか答えてくれないので私はもう一度聞く。


「う、うん。すごい。なんて言うか、すんごいビビッときた。カッコいいよ」

「カッコ……いい?」

「うん。中性的だからかな? すごいよ。うん。まじで。これはテストも合格するんじゃない?」

「本当!?」

「うんうん。イケるイケる! バッチグーよ!」


 そう言って瀬戸さんはサムズアップする。


(バッチグーって何?)


  ◯


 その後、2時間くらいカラオケでお互い歌って別れた。

 家に帰ると佳奈がリビングの2人掛けソファで寝転びながらスマホをいじっていた。


「あれ? お姉ちゃん、どっか行ってたの?」

「うん。瀬戸さんと会ってた」


 私は棚からコップを取り出し、ダイニングテーブルに置く。そして冷蔵庫を開けて麦茶の瓶を持ってきてコップに注ぐ。


「瀬戸さん……あのストーカー?」

「ストーカーじゃないよ」


 なぜか佳奈はハリカー大会決勝から瀬戸さんを警戒していた。


「良い人よ。歌について色々教えてくれてし、カラオケにも付き合ってくれたんだから」


 麦茶の入ったコップを持って私はリビングのソファに座る。


「合宿のこと話してないよね」

「大丈夫。詳しく話してないから」

「そっか。良かっ……ええ!? 少しは話したの!?」


 佳奈は急に声を上げて立ち上がる。


「うん。少し」

「駄目だよ! 一般の人にべらべら喋っては!」

「瀬戸さんはさ、私達のこと知ってるし」

「知ってるからって」

「相談に乗ってくれるしさ。それに吹聴するような人ではないよ」

「もう! 信じられない!」


 佳奈はドスンとソファに座る。


「で、どこまで言ったの?」


 目くじらを立てて佳奈が聞く。


「ええと……」


 私は今度のペイベックス・ライブの出演テストや合宿のレッスンの話、食事中の話、富士フェス、最終日の神社の話を瀬戸さんに教えたと言った。


「5期生の実名と駒沢さん達については言ってないんだね」

「そこはちゃんとしてるから」


 私だってあれこれ全てを話すような人間ではないから。


「でも気をつけてよね。人の口には戸は立てられないんだから」

「大丈夫。ちゃんと身バレはしないようにしてるから」

「配信事故を起こしてオルタ化。そして瀬戸さんに身バレしたのは誰かな?」

「……私です」


 佳奈は溜め息を吐き、


「言っちゃったことはもう仕方ないけど。これからはVtuber関連の相談はしないこと」

「じゃあ、誰に相談しろと」

「そりゃあ私よ」

「ええー!?」

「は? 何? 不服なの?」

「ちょっと頼り甲斐がないや」

「おい!」

「でも実際、相談するとなると誰なんだろ? やっぱマネージャーの福原さん?」

「まあ、そうね。あとはリーダーの照とか?」

「それと星空みはり先輩とかかな?」


 私が5期生以外でフランクな間柄といえば、星空みはり先輩くらいだ。みはり先輩とはオフコラボはないけど、どのVtuberよりも先にコラボ配信して親しくなった間柄。


「星空みはりはペイベックス0期生だから、おいそれと相談できる人ではないからね」

「そうなの?」

「下っ端社員がエリート上司に相談するくらいよ」

「エリート社員でなくて、エリート上司なの?」

「それくらい雲の上の存在ってことなのよ」


 佳奈が腕を組みながら頷く。


「へえ。感じの良い人だと思ってたよ」

「お姉ちゃんくらいよ。あんなに仲良く出来るのって」

「佳奈ももっと仲良くすれば良いじゃない?」

「あんまり仲良くし過ぎると向こうのファンから『お前、後輩のくせに失礼だろ』ってコメントされるから」

「私は?」


 私、ちょいちょいと失礼なことやってるような気がする。この前のコラボ配信なんかみはり先輩に対して『このメンヘラが!』なんて言ったし。


「多少はあるけど。意外と好意的なコメントが多いよ。なぜか向こうのファンもお姉ちゃんのことは認めてるのよね。不思議」

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