第6話 大学【瀬戸真里亞】
翌日の昼、私は大学の食堂で昼食を食べ終えて返却口に空の皿とコップを返却し、友達グループの席へと戻ろうとしたところで島田君に呼び止められた。
「何?」
と問うが、なぜ呼び止められたのかは分かっている。
「今度の日曜……暇?」
やっぱデートの誘いか。自分で言うのもなんだが、よくこういう場面で誘われる。
「暇じゃないわ」
「そっか」
「もういい?」
「お、おう」
島田君はとぼとぼと歩き去る。
そこで小さい女の子が島田君に声をかける。
「何……って、豆田か。なんだよ?」
てっきり私に呼び止められたと勘違いし、笑みを向けるが呼び止めたのが違う子と知るとテンションを下げた。
その態度はその子に失礼じゃ……ん? 豆田?
「え? ひどくないその対応は?」
豆田と呼ばれた小さい子もジト目で相手に文句を言う。
「ごめん、ごめん。で、何?」
「レポート提出した?」
「ああ、まだだ」
レポート!?
この時、私の頭の中で豆田とレポートが合体して、赤羽メメとくっつく。
まさか!?
「早くしなさいよ。千鶴は終わらせたらしいわよ」
「まじか。分かった。早く済ませる」
「ねえ、ちょっと」
私は何も考えず、呼び止めた。
「何? 瀬戸?」
島田君がにっこりと振り返る。
「あなたじゃない」
「……そう」
明るくなった顔が一瞬で暗くなる。そして島田君はその場を離れる。
「豆田さんだったかな? ちょっといいかな?」
「え? 私?」
小さい女の子は自身を指差し不思議そうな顔をする。
「ちょっと聞きたいことがあってね」
◯
私達は近くの席に移動。
「話って?」
「ええとね……」
やっば。なんて聞けばいいんだろう? 勢いで呼び止めちゃったから困った。
Vtuber赤羽メメの姉を知っているかなんて聞けないし。
それによく考えると本当に繋がりがあるとは考えられなかった。
ただの偶然という線だってあるだろう。それに猫の豆という可能性がある。というかそっちかもしれない。しかし、メメちゃんが猫を飼っているという話は聞かない。
「ごめーん。……って、ええ!?」
女性が一人近づいてきて、豆田に声をかけ、そばにいる私に気づいて驚く。
「ええと、瀬戸さんだっけ?」
「あなたは……」
誰だっけ? 顔は覚えているけど名前が出てこない。
「宮下です。宮下千鶴です」
千鶴……さっき名前が出てた子ね。宮下千鶴ね。……ああ、前に天野が話題にしてたような?
「二人が一緒って珍しいよね。私、お邪魔かな?」
「気にしないで座って、座って」
豆田さんが宮下さんに座るように促す。
宮下さんはテーブルにトレイを置き、豆田さんの隣の席に座る。そして小声で、
「で、瀬戸さんと何の話?」
「知らない。今、呼ばれたとこ」
「ごめんね。ちょっと豆田さんに聞きたいことがあってね」
「聞きたいこと……ですか?」
豆田さんが訝しげな顔をする。
「そんなに大層な話ではないから」
「……はあ」
「でね、ええと、レポートって言ってたけど、何のレポート?」
「文芸論Bのレポートですけど。それが何か?」
「ほら、最近、異様にレポートを提出させる教授やら講師がいるでしょ?」
「そうなんですか? まあ、多いなとは感じますが」
「まだ5月の半ばでしょ? それなのにレポートを提出しろってひどくない?」
「ひどいです」
答えたのは宮下さんで、うんうんと頷いている。
「でしょ? この前までリモート講義が多かったせいか、レポート提出は当たり前みたいな講師が今でも多くてね。で、総会の方に苦情がきてるらしいのよ」
「総会って文化祭の?」
まあ、総会といえば文化祭を仕切ってる組織っていうイメージが強いよね。私も関わるまでそういうイメージだったもの。
「その総会にもレポートの話がきててね。苦情とまではいかないけど、多くて大変って声がね」
と、そこで猫の鳴き声が聞こえた。
「あっ、私だ」
「そのメッセージ音、止めなさいよ。つい猫を探しちゃうじゃない」
豆田さんが苦言を述べる。
「結構気に入ってたのに」
猫に豆田。
その時、私の頭では点と点が結ばれたのだ。
(これって?)
「瀬戸さん?」
「え?」
宮下さんに呼ばれて我に返る。
「いや、すごい顔してたから」
「な、なんでもないわ」
もしかして……もしかして? え? まじで? まじ?
「で、レポートがなんでした?」
「えっ、あ、ええと……」
なんだったかしら? 何の話をしていた?
急に赤羽メメ・オルタが頭いっぱいに支配して過去の会話が思い出せない。
(あわわわわ!)
「最近レポートが多いって話よ。あんただって困ってるでしょ?」
豆田さんが宮下さんに説明する。
「ああ、うん。そう。レポートね。困ってる、困ってる」
宮下さんはうんうんと頷く。
「待って。でも……そんなに困ってはない……かな?」
「え?」
急な手のひら返しで私は驚く。
「レポートもそんなに難しくないし」
宮下さんは目を逸らしつつ言う。
「そ、そうなんだ。……他にアカハラみたいなのはない?」
私は繋ぎとしてアカハラを挙げた。
「アカハラ?」
「アカデミックハラスメント」
「ないないないない」
宮下さんは手を振って盛大に否定する。
(ん?)
「本当に?」
「うんうん」
◯
天野達の席に戻るとすぐに「ねえ、宮下と何の話をしてたの?」と天野に聞かれた。
「レポートの件」
「レポート?」
「最近レポートが多いなって話」
そこでこの話は終わりにしたかったけど、
「文芸論Bだっけ。多いよね。ね、助けてあげたら?」
天野が善意の笑みを向ける。しかし、こいつがこういう笑みをしているときは裏があるもんだ。
どうせ宮下さんを
そして厄介になったらすぐに押し付けて逃げるのだ。
この場合は私も巻き込まれそうだ。
「問題ないらしいよ」
「そんなことないって! 宮下って、事勿れ主義だからね。我慢してるのよ」
すごくぐいぐい来る。
「宮下さんと知り合いなの?」
「高校が一緒だっただけ」
ならあんたが助けてあげなさいよと言おうとしたところで天野は違う話題をグループに振った。
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