第59話 関係性②

 涌井先生が入室し、まだ講義が始まるには時間があったため、私に藤村さんと涌井先生の関係性を問いただしてきた女子グループが涌井先生に質問をした。


「先生、藤村さんという人とは知り合いなのですか?」


 涌井先生は藤村さんの名前が出て、驚いたようだ。それもそうだろう。OGとはいえ、必ずしも学生と繋がりがあるわけではないのだから、彼女達が藤村さんの名前を知っていることに驚くことは無理もないだろう。


「ええ。彼女とは学部は違いますが同窓生でね」

「学部は違うんですか?」

「ええ。私は社会学部で、彼女は文学部ですよ」

「どうして知り合ったんですか?」


 それは少し踏み込んだ質問であった。

 けれど先生は嫌な顔をせずに、


「就活でね。君達はリーマン・ショックを知っているかな?」


 これは彼女達だけでなく、教室にいる全員に涌井先生は問う。


 すでに教室では涌井先生と藤村さんの関係話に全学生が耳を立てていた。


 そして予鈴がなり、講義が始まる。


「講義の内容にも少し関係があるのでリーマン・ショックの話をしようかな」


 これを皮切りに講義が始まる。


「リーマン・ショックはアメリカ投資銀行リーマン・ブラザーズの破綻により、生まれた世界恐慌。皆さんはどうせアメリカのことだと考え、対岸の火事感覚でしょう。でも、日本にも大きく影響があり、日経平均株価はかの有名なバブル崩壊よりも最安値を叩き出したんです」


 それには少なからず、学生達が驚いていた。


「リーマン・ショックは21世紀の就職氷河期と呼ばれていましたね。内定は取れない。取り消される。派遣切りの増加。さらには会社の倒産。どこが安全なのかさっぱり分からない。まさに明日の我が身はどうなるという不安でしたね」

「それは今も続いているんですか?」


 前の席に座る女子学生が問う。


「ええ。今でも不況ですからね」

「円安が続いていますが、いつまで続きます?」


 次に別の女子学生が質問する。


「さあ? それはわかりませんね」

「噂では大阪万博まで円安をさせようと政府が誘導しているとか?」


 男子学生がとんでもないことを聞く。


「ん? 面白い噂ですね? どういうことです?」


 逆に質問を受けて、学生はたじろいだ。


「え、いや、ネットで拾ったんですけど、外国人を誘致するために円安の方が来てくれやすいとか」

「なるほど。確かに円安のほうが海外の方にとっては良い話ですよね。皆さんは円安と円高については理解していますか?」

「円安は円の価値が安いのでは?」


 ありきたりなことを茶髪の女子学生がドヤ顔で言う。


「具体的に?」

「えっと、日本人がアメリカで1ドルのジュースを買うのに円高の時は80円くらいで買えたけど、円安だと160円くらいになるみたいな」

「そうです。それが円安と円高です」


 涌井先生が茶髪の女子学生に拍手を送る。それに彼女は照れくさそうに笑う。


「日本では海外からの観光客が多く、オーバーツーリズムと言われていますが、これは日本が人気ではなく、円安で日本への旅行が安いということです。今、彼女が話した通り、倍も円の価値が変わっている。それはすなわち日本旅行が半額ということになっているのです。逆に日本からアメリカ……ここはハワイがいいですかね。円安のせいでハワイ旅行費が倍になっているんです」


『ええ!?』と多くの学生が嘆いた。


「大阪万博はパビリオン建設が鈍中で今でも進行に問題が発生していますよね。不況は日本だけでなく、海外もまた同じなのです。アメリカや中国などの経済大国、そしてドイツ、インドなどの右肩上がりの国なら円安で来てもらって、二重価格で金を落とさせるという考えもありますが、大阪万博は発展途上国も含まれるために、二重価格は難しいですね」

「それじゃあ、本当に噂なんですか?」


 噂の話をした男子学生が問う。


「きっと円安の方が海外の方にも来てもらい易いために先の噂が流れたのでしょう。ただ、私見としては……半分は真実かもしれませんね」

『半分!?』


 学生の何人かが驚いて反芻はんすうした。


 涌井先生は笑顔で、


「二重価格、IR計画、観光地の泊食分離化、夜間レジャー施設の増加。まるで円安ありきの政策ですからね。今の日本政府……というか与党は何をしたいのかさっぱり分かりません」

「パーティーと贈収賄ぞうしゅうわいでしょ?」


 学生の誰かが与党を揶揄する。


「あとは桜を見たり、海外視察という名の旅行と贈収賄先の企業や学校への忖度、新興宗教団体のイベントに来賓者としての出席や挨拶でしょうね」


 と、ブラックネタを語り、涌井先生は苦笑した。

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