第45話 ずるい

 佳奈の期末テストが終わり、ペイベックス上半期イベント・ハリカー大会2回戦は佳奈こと赤羽メメに替わり、逆に私は大学の前期テストの勉強を始めた。


 そして14日に開催されたハリカー大会予選2回戦が終わり、1回戦とのポイントを合わせ、赤羽メメは無事上位3位に入り、28日の本戦へと進んだ。


  ◯


 そして今日、私は前期テストの対策で豆田と図書館で勉強していた。


「近代文学史2はどうなった? ちゃんと作家と作品、そして主義・派閥別けは出来た?」

「出来てるよ」

「無頼派の説明も? 次のテストはこれが出るからね」

「まかせてよ」


 ちなみに無頼派は太宰治や坂口安吾を中心とした派閥。作家同士が仲が良かったとかではなく、後からの者が同時流行った作風で主義だのなんとか派とか作ったもの。


 今、私は戦後文学史大全を読み、無頼派について調べていた。


 そこへ、


「あら? あなた達も勉強?」


 ふと声の方を振り向くと天野さんがいた。


「珍しいわね?」

「なんでよ」

「文学部なんて古いフィクション読んで読書感想文を送るもんだと思ってたわ」

「そんなに甘くはないわよ」


 珍しく豆田が反論する。


「そうそう。一年の時なんて百人一首覚えさせられたからね」

「それは文学部の知り合いから聞いたことあるわ。意味のわからない呪文を百個覚えさせられたって」

「呪文じゃないし」

「そう。それじゃあね。あっ! そうそう、ハリカーはテスト後でね」


 と言い、天野さんは離れて行った。


  ◯


「次は教養の法学だね」


 私は法学の授業で配布されたプリントをテーブルの上に置く。


「そうだ。確か基本的人権の尊重について調べておくんだっけ?」

「そう。講師自らがテストに出すって言ってたから、調べておきなさい」

「え? 全文?」

「そうよ。あと、問題の最後に小論文式の問いがあるから、少しだけでも絶対に書くようにね」

「絶対?」

「そうよ。絶対よ。あの講師、最後の小論文に何も書かないと何がなんでも評価を【不可】にするのよ」

「マジ?」

「マジ。中途半端でもいいから絶対に書くように。適当な一文でもオッケーよ」

「分かった。でも、適当な一文でもいいならどうして書かないと【不可】みたいなことを?」

「モンペアが肩を張ってた頃にテストでトラブルがあったんだって。それで最後に小論文式の問いを出すようにしたんだって。しかも絶対に書かないといけないみたいな。今は一文でも書いとけば問題はないけど、昔はすごかったらしいよ」

「つまり名残りってやつ?」

「そうそう」

「あんた、よくそんなの知ってるよね」

「有名な話よ」


 豆田が呆れたように息を吐く。


「そういえば1年次の国学でもあったよね。なんか授業の始まってすぐに出席カードを渡して、『帰りたい人は帰っても構いませんから』みたいな。それで結構な学生がめっちゃ帰ったよね」


 私も釣られて帰ろうかなと思ったけど豆田に止められ、講義を黙って受けさせられた。


 ちなみにボケーとしながら聞いてたので、内容がさっぱり。今だに『国学て何?』って感じ。『塙保己一はなわほきいち群書類従ぐんしょるいじゅう』をテスト前に勉強したっけ。あれもテストが終わったら名前しか覚えてなかった。


「あれもモンペアが原因らしいよ」

「へえ。でもさ教養科目の西洋文化史はやらなかったよね」


 国学の講師なのに西洋関連の講義も受け持つんだから変わった講師だった。


「ティーが中国の方言からってのは勉強になったわー」


 中国には「チャ」と「テ」の2つの方言があり、「テ」と発音する地方から内陸伝えでヨーロッパに「テ」が伝わり「ティー」なり。そして日本は「チャ」と発音する地方から海を渡って、そのまま「チャ」と伝わったとか。


 ちなみにフランス語ではお茶は「テ」と発音する。


「あの授業は嫌いじゃなかった。授業中に映画を観たり……」

「千鶴!」


 豆田が口に人差し指を立てる。


「?」


 そして私の背後を指す。

 振り返ると講師を先頭に10名ほどの学生団体がいた。

 学生を連れている講師がくだんの講師だった。


「あー、すみませんね、皆さん」


 と講師は図書館で勉強している私達に謝罪し、学生を一箇所に集まる。


「なんだろう?」


 私は声を顰めて豆田に言う。


「たぶん講義でしょ?」

「え? 何の?」


 講師は集まった皆に、


「棚を見て分かる通り、棚は十進法にのとって分類されております」


 と説明を始め、続いて図書館の構造について語る。

 講師と学生が去って行ってから、


「え? 何? オープンキャンパスじゃないよね?」


 来月に8月にオープンキャンパスがある。それと関係があるのかな?


「だから講義だって。たぶん図書館司書資格の講義だよ。ほら講義を受けて単位を取るだけで資格が取れるやつ」

「ああ! あれね。いいよね。授業を受けるだけで単位が取れ、さらに資格も得られるなんて」


 私も受けておくべきだったかな?


「何言ってんの。あの授業は卒業単位には含まれないのよ」

「え? まじで?」


 大学生は講義を受けて、レポートを提出したり、テストを受けたりして『単位』をもらう。この『単位』はポイントのことで一つの授業で私達は2ポイント得られる。


 そしてこの『単位』が卒業には134単位必要となる。少し前までなら128単位だったけど、なぜか増えたらしい。


「しかも講義は一つだけでなく複数もあるのよ」

「きっつー」

「声がでかい」

「ごめん」

「ほら、さっさと法学の勉強に移りなさいよ」


  ◯


 私は法律の棚から分厚い六法全書を持って戻ってきた。


「何やってんの?」


 豆田が不可解な目を私に向ける。


「え? だから基本的人権の尊重でしょ?」

「それくらいネットで調べなさいよ」

「あっ、そっか」

「まあいいわ。持ってきたんだから読んでおきましょう」


 私は分厚い六法全書を開いた。

 と、そこでスマホが鳴る。


「わっ!」


 通話は瀬戸さんからだった。


「ちょっとマナーモードにしときなさいよ」

「うん」


 着信音はそれほど大きくはなかったが、周りに向けて頭を下げ、スマホの通話をタップした。


「瀬戸さん、ちょっとごめんね。後で掛け直すから」


 と早口で言い、通話をオフにする。


「瀬戸さんだ。なんだろう?」

「いいから外に出て、掛け直しなさいよ」

「うん。ちょっと行ってくるわ」


 私は図書館を出て、近くのベンチに座り、瀬戸さんに通話を掛け直す。


「もしもし? どうしたの? さっきはごめんね。図書館にいたから」

『そうだったの。こっちこそ、ごめんね。ちょっと話があってね。今から会える?』

「あー、今は豆田と図書館でテスト勉強中だから。後でならいいけど?」

『うん。分かった。勉強が終わったら連絡して』


 通話後、私はスマホをマナーモードにしてから図書館に戻る。


「何か話があるから会えないかってさ」

「何の話?」

「さあ? この後で会う約束しちゃった」

「今すぐ行ってきたら?」

「でもテスト勉強は?」

「基本的人権の尊重は私が調べとくわ」

「いや、悪いよ。それに他の教科も……」

「もうほとんど勉強したんだし。いいから。さっさと行きなさい」


 豆田は手の甲で振り払う仕草をする。


「……分かった」


  ◯


 瀬戸さんはこの前の喫茶店を指定した。

 ドアを開けるとカランカランと音が鳴る。


「こっちよ」


 瀬戸さんが手を振り、私を誘う。席は前と同じだった。

 私は席に着いて、店員にアイスコーヒーを注文した。


「で、用件は何?」

「メメちゃんのことよ」


 瀬戸さんはえらく真剣な顔で言う。


「メメ?」

「ハリカー大会のことよ」


 ハリカー大会。つまり本戦に行けたことへのお祝い? にしては真剣な顔だし。どういうこと?


 そこでアイスコーヒーが運ばれてきて、私はストローで一口飲む。


「その顔は知らないって顔ね」

「何かあった? メメは総合順位で3位を取り、無事本戦に行けたけど」

「それがネットで問題になってるのよ」

「問題? 不正行為なんてなかったでしょ?」


 と私が言うと瀬戸さんは静かに首を横に振る。


「一つだけ。人によっては不正行為と思われる行為があったの?」


 瀬戸さんは人差し指を立てる。


「そんな! でも、メメがそんなことするなんて……」


 どうしてか瀬戸さんは私をじっと見つめてくる。


「もしかして私?」

「ええ」

「待って! 私、不正行為なんてしてないよ」


 自分の知る限り、ルールを守り、プレイをしたはずだ。むしろどんな不正行為があるのか知りたいほどだ。


「不正行為はあなたなの」

「だから私は不正行為なん…………ん? もしかして私がメメの代わりに出たこと?」

「そう」

「待って、待って。それって不正行為なの? マネージャーにも確認したよ。そしたら問題はないって言ってたし。それにそれが問題ならすぐに騒がれているでしょ?」

「騒がれたのは本戦出場が決まった後よ」

「どうして?」

「本戦に出られなかったペイベックスメンバーことペーメンのファンが騒ぎ立てたのよ。オルタを出したのは卑怯だとね」

「でも、私、予選1回戦ではギリ4位よ。むしろメメの足を引っ張ったほうでしょ?」

「そう。普通に考えたらね。現にネットでもメメを擁護する派はそう言ってるしね」

「なら──」

「予選1回戦と2回戦は出場選手が違うのは知ってるよね?」

「知ってる」


 予選はAグループとBグループに別れているけど強弱が偏ったグループにならないよう2回戦では両グループの1回戦の成績を考慮して微調整が行われる。


「でもそれって双方2人がチェンジされたって聞いたけど」

「そのチェンジされてAグループにやってきた2人が前回上位入賞者だったの」

「え?」

「つまりBグループにいた前回上位入賞者の2人がAグループにやってきたのよ。それで予選2回戦は強者がいるなか、赤羽メメが総合3位に入ったって言われているのよ」


(なるほ──ん?)


「待って待って! それおかしくない? 前回上位入賞者が入ってきたんでしょ? 強いんでしょ? それをメメが勝ったのにどうして問題が?」


 私がいた頃より2回戦はきつかったということ。


「もしメメちゃんが予選1回戦出てたらメメちゃんがBグループに行っていたんじゃないかって言われてるの」

「ええと頭がこんがらがってきた。メメが出てたらBグループで、Aグループは強者がいて……ええ? んん?」


 なんかよくわからなくなり、私は頭を抱える。


「わかり易く説明すると、オルタは下手くそでも4位。つまりこの時点でAグループは弱者の集まりだったの。そこへBグループの前回正月のハリカー大会上位入賞者がAグループへ移動。そしてメメちゃんはそいつらを蹴散らして総合で3位」

「うん。そうよ! そう! なら何が悪いの? 強いプレイヤーがいるならむしろ本当に足を引っ張ってるんじゃないの?」


 私が出て状況を悪化させたなら問題はないのでは?


「でもね。もしメメちゃんが出てたならメメちゃんがBグループに行っていたのよ」

「行ったから何? むしろそこでも3位に入ってたかもしれない。というか1位になってかも」

「それはないの」

「どうして?」

2。前回優勝者はBグループに残留していたし。いい? これは調整なの。強者だけのグループを作らないためのね」

「うん」

「Bグループが強者の集まりだったのよ。予選もかなり接戦したいたらしいわよ。なら、弱者の多いAグループにいた方がまだ効率が良かったということ」

「まさかメメがそんなことを考えているわけないじゃない」

「うん。私もそう思う。Aグループの後にBグループの1回戦が行われたんだもん。これが逆ならそんな思惑を考えられてもおかしくはないけど……でも実際は違う」

「なら──」

「けれども。どうにもこうにもネット住民の考えは違うらしいわね」


 瀬戸さんは溜め息を吐く。


「それで今、やばい状況なの?」

「やばいね。メメちゃんのSNSも大炎上中よ」


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