第22話 自主練と会話
どこかに器具を使って自主練が出来る場所がないかと私は湖に沿った歩道を歩きつつ探した。
湖側に木々が並び、歩道に対して影を作っていた。
そしてちょうど良い、湖に沿って突き出した丸い広場があった。
周囲の木々は少なく、木製の柵があり、その向こうは低い崖。
(誰もいないし、ここでいいかも)
私はポーチから器具を出す。
そしてそれを咥えようとしたところで、「千鶴さん、駄目だよ」と、止められた。
振り返ると鈴音さんがいた。
彼女は少し駆け足気味に近づいてきた。
「どうもこんにちは」
「こんにちはです。……えっと、鈴音さんはどうしてここに?」
鈴音さんは膝に手をつき、
「散歩していたら
「はい。人も少ないし、ちょうど良いかなって」
鈴音さんは首を横に振り、
「見え
と崖の下を指す。
私は柵に寄り、木々の隙間から崖下を覗き込む。
「そこからでは分かり
「え? あ、はい」
と鈴音さんが言うので、私は広場の左側から崖下を覗き込む。
下は湖に、岸、そして少し離れたところに青色の……テントが見えた。
「人です!」
「そう。だからここでその器具を使って練習すると変人奇人のように見られるんです」
「なるほど」
教えてもらって助かった。知らずに自主練をしてたらまさに変人に見られていただろう。
超赤っ恥だ。
「なんかいかにも練習にもってこいのような場所に見えるけど、発声練習したら大変なんですよね」
鈴音さんは肩を
「確かに大変ですね」
「ええ。特に早朝だったら大変ですね。人が寝ているんだもん。急に怒鳴られたり、最悪、警察がきて……」
「へえ。……もしかして実体験ですか?」
まさかねと思って聞いたのだが。
「違うわ」
即答された。
「……人が寝ているのに化鳥のような叫びは迷惑ですよね」
「化鳥って何ですか。普通の発声練習だから。『あ〜』って発声してビブラートの練習しただけだから」
それはもう自分がやったと言っているようなものなのだが。
「それにしても今日は暑いですね」
鈴音さんは手を団扇代わりにして仰ぐ。その鈴音さんの耳は真っ赤であった。
◯
「それで鈴音さんは夏希さんとレッスンをしなくてもいいんですか?」
「ん? 私はいいんですよ」
私達は先程の広場から離れ、歩道を進みつつ、会話を始めた。
「どうしてですか? この前は一緒にレッスンしてましたよね」
一緒に器具を使ってレッスンした。鈴音さんも器具を持っているということは鈴音さんもレッスンの対象ということだろう。
「あれは皆が出来るレッスンだから。夏希一人より、私もいたほうが良いかなって思って。それに……何もしないのも暇ですから」
前に鈴音さんもペイベックスのアーティスト課にいたと聞いた。なら、やはり歌うことに対して未練があるのかもしれない。そしてそれをついこの間、知り合った程度の私が聞く話でもない。
「どこか自主練が出来るところってあります?」
話を自主練に変える。
「外ならカラオケとかかな」
「カラオケかー」
ここらへんにカラオケはなさそうだな。
「やはりレッスンスタジオですかね?」
「まあ、レッスンスタジオは良い練習場ではありますが、使用には許可が必要ですし……やはり外での自主練は難しいですね」
「ということはコテージですか?」
外が駄目なら、あとは内のみ。内と言えば今はコテージを指すことになる。
「ですね。声を出すのは無理でも、器具を使ったら自主練は可能ですね」
「器具以外の自主練ってあります?」
「ジョギングとプランクですかね」
「……それ筋トレです」
「肺活量や呼吸筋を鍛えないと。それとダンスレッスンでは体力作りが必要ですよ」
「私、ダンスは踊れません。ですので、それは妹の役割です」
元々私専用アバターはなく、あくまで色違い時に私が声を担当しているだけ。
だからモーションは妹がやれば良い。
「フフッ」
「なんです?」
「いえ、逆だなって思って」
「逆?」
「ほら、私は踊って、妹が歌う。そっちは姉が歌って、妹が踊る」
「確かに逆ですね」
「でも、佳奈ちゃんにだけ負担をかけるのはよくないですよ」
いっそ、私が歌わなければいいという話なのだが、それを言うと歌わしてもらえない鈴音さんは傷つくだろう。
「なら、ダンスのない歌がいいです」
アーティストだって皆が踊る人というわけではない。歌うだけの人もいる。
「そうですね」
鈴音さんがもの寂しそうに言い、私はすぐに気づいた。
ダンスも何もないなら、突っ立ってるだけでいい。
それは鈴音さんの価値がそれだけのものと言っているようだった。
「あっ! 違いますよ。ダンスも必要ですよ。必要です。断じで軽んじているわけではありません。ただ、私にはダンスは難しいからというわけでありまして」
私は慌てて弁明する。
「気にしないでください」
「…………」
やばっ。この空気どうしよう?
何か言わなきゃあ。
何か。ええと。
「近くで富士ロックがありますよね。鈴音さん達も観に行かれるんですか?」
「いえ、私は夏希の世話がありますので」
うおおお! また地雷だ。そうだよね。ドームならまだしも、野外は車椅子の人には厳しいよね。
「レッスンがあるということで、夏希がいるから観に行けないというわけではありませんから」
うわぁー。フォローされたー。
次! 次の話題!
「わ、私、合宿後にテストするんですよ」
「テスト? もしかしてライブの?」
「はい」
「でもそれって、終わったのでは?」
「それが合宿後にもう一回やることになったんですよ」
私は右手で後頭部を
「どうなんでしょう? 私、歌上手くなってますかね」
と聞きつつも、すぐに鈴音さんは私の歌唱力を知らないんだったと気づいた。
「聞いたところによりますと、歌い出しや、音程、ビブラート等が下手だと聞いてありますね」
「……そうです」
「でも声に関しては良いのでは?」
「声ですか?」
「はい。竹原さんもそこは褒めてましたよ」
「私の時は何も言ってませんでした」
褒められることはなかったが、ディスられることもなかった。
「まだ不明ということなんでしょう。それと全否定されず合宿に参加させたということは多少の見込みはあると感じたのでは?」
「見込みですか」
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