第2話 夏休みの宿題

「で、宿題はどこまで進んだ?」


 配信が終わり、私は自室に戻った。


 Vtuber用の配信部屋は妹の部屋で、私が配信中は妹が私の部屋で夏休みの宿題をしていたのだ。


 今日は8月28日。夏休みはあと3日。


「今、英語があと少しで終わる。あとは数学IIと読書感想文」

「良かったじゃない。数学は得意でしょ?」

「それはね。ただ読書感想文がね」

「読書感想文か……って、高校で読書感想文?」


 読書感想文なんて中学生までのはず。


「高校の夏休みの宿題で読書感想文なんてあるの?」

「へえ。指定図書は?」

「オースティンの『高慢と偏見』、フィッツジェラルドの『グレートギャツビー』、夏目漱石の『行人』、サガンの『悲しみよ、こんにちわ』、ヘミングウェイの『老人と海』の5つから1つ』

「渋いラインナップね」


 高校の読書感想文なだけあって、指定図書も本格的な文学作品ばかり。


「お姉ちゃんの時はなかった?」

「なかった」


 妹は同じ学校ではないが、読書感想文なんてなかった。

 ちなみに小学生の頃は『十五少年漂流記』や『トムソーヤ』など冒険物が多く。中学生の頃は森鴎外の『高瀬舟』、芥川の『杜子春』だった。


「ねえ、読書感想文やってよ?」

「は? 自分でやりなさいよ。あと3日あるんだから丸一日、本を読めばぎり間に合うでしょ?」

「明日に本を買って、読んでたら間に合わないでしょ? それに数学も残ってんだし」

「あっ!? 確か『高慢と偏見』ならテレビで見たじゃん」

「見たっけ?」

「ほら、この前の夏のホラー特選映画で」


 テレビで夏のホラー特選という題で毎週ホラー映画が1本放送されていたのだ。


「ええ!? タイトルが同じで別物でしょ?」

「同じじゃない?」


 私はスマホで映画『高慢と偏見』を調べる。


「ほら、同じだよ。原作がそれらしいよ」

「そうなんだ。なら大丈夫かな?」


  ◯


 1階のリビングの2人掛けソファに横になると母から、


「佳奈はまだ宿題?」

「うん。結構たまってたらしいね」

「学業を疎かにしてはいけないって言ったのに」

「ま、今年の夏は色々あったからね」

「あんたは大丈夫なの?」

「大学生には夏休みの宿題は一つもないのだー」

「いいわね。なら、洗濯物畳むの手伝ってよ」


 ドンと洗濯物が入ったカゴを床に置く。


「ええ!」


 私は嫌そうな声を出したのだが。


「暇でしょ?」

「今からテレビ見ようと思ってたー」

「見ながら畳みなさい」


 仕方ないので私は母と一緒にテレビを見ながら洗濯物を畳む。


「あら? センターの子、変わったの?」


 それはテレビでアイドルの歌を聴いていたときだ。

 そのアイドルは『川』シリーズの31人という江戸川31という多人数グループ。


「ほとんだ。誰だろうこの子?」


 母の言う通り、センターの子が知らない子だった。


「千鶴も知らない?」

「アイドルは知らない。そもそもこういうのは男性向けでしょ?」


 仮に私が男性でも31人の似ている顔と名前なんて覚えられないわ。しかも川シリーズは他にもあって100名を超えるとか。


「あんたもアイドルでしょ? こういうの意識しないの?」

「Vtuberだよ。しかも私は正式なVtuberではないし」


 そう。私は配信事故で生まれた存在で、妹が魂を務める赤羽メメの別側面オルタを務めている。きちんとしたガワはなく赤羽メメの色違いバージョンみたいなもの。


「でも明日空ルナさんのお姉さんは正式にデビューしたんでしょ?」

「ああ、うん」


 明日空ルナさんも事故により、オルタ化となったのだが、この前、正式にデビューした。


 事故からまだ10日そこら。この期間でガワを作ったのかと驚いたが、それはどうやらVtuberデビュー時に本来使われる予定だったガワだったらしい。


 名前はオルタ時に使っていたルナタではなく、明日空ソレイユ。

 ソレイユは太陽の意味で、月を意味するルナの対称として名付けられた。


「私は今のままでいいよ」


 江戸川31の歌が終わり、次は韓流アイドルグループが歌い始めた。


「このアイドルグループはいいわね。少ないし、皆それぞれ個性的だし。でも、名前が覚えづらいわね。ニックネームで呼び合ってるのかしら?」

「2人を除いて4人が韓国人だよ」

「あら? 韓国人なの? じゃあ、残り2人が日本人?」

「そうそう」

「へー。……どの子?」

「それは分かんない。整形してない子……かな?」

「う〜ん。分かんないわ」


 母が身を前にしてテレビを凝視する。


「あっ!? お父さんのパンツが入ってる!?」


 洗濯物の中に黒のボクサーパンツがあった。


「あら、そうね」

「そうねじゃない! 汚い! 一緒に洗ったの?」

「いいじゃない別に」

「いやよ」

「親子なんだから」

「佳奈も嫌って言うよ」

「私が何?」


 佳奈がリビングにきていた。終わった……わけではなさそう。一息つきにきたのかな?


「これお父さんのパンツなんだけど」


 私は佳奈に父のボクサーパンツを投げ渡す。


「ぎぃやあぁぁぁ!」

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