第17話 大学

 朝、大学の構内を歩いている時だ。

 口で息を吐いた勢いであくびが訪れた。


 なんとか声を出さずにあくびをしたのだが。


「何? あんた、寝不足なの?」


 見られたのか隣を歩く豆田に咎められた。


「うん。ちょっと眠い」

「夏季休暇は終わったのよ」

「分かってるよ」


 眠いのは仕事のせいだ。

 ここ最近、Vtuberの仕事ばっかで非常に疲れている。


 私達は文学部の校舎に入って、まず1階の掲示板でお知らせを確認。大勢の学生が足を止めて張り紙を見る。


「……特になしと」


 講義時間の変更がいくつかあったけど、私が取っていない講義のためスルー。

 そして教室に入って、一コマ目の文芸論の授業を受ける。


 90分間、初老の講師が日本文学について語る。


 どうして文学になんとか派とかそういうのがあるのだろう。

 そして今の日本の文学はどうなのか?

 ぼんやりと講師の話を右から左へと聞く。


 知らない単語を現れたら、それをルーズリーフに書く。


 講義中、真面目な子が講師に質問する。

 その瞬間、私は一時的に覚醒して、その子の質問と講師の答えをルーズリーフに書く。


 前に真面目な子が質問し、それに講師が答えたなら、それはのちにテストに有意になると言われているから。だから私はそこだけをきちんとルーズリーフに書き残す。


 講義が終わり、私達は次の講義のために中央校舎に向かう。


「なんで校舎が別々にあるんだろう?」

「そりゃあ、人が多いからじゃない」


 中央校舎は文字通り、大学内の中央にある校舎で1階は入学式や卒業式などに使われる会場部屋。2階から上は一般教養や第二言語の講義に使われる。


 そして私達は一般教養科目の社会学Bのために中央校舎に向かっているのだ。


「せめて坂道をなしにして欲しかった」

「そうね」

「あと距離も」


 中央校舎は大学のメインのため大きい。そしてベンチや東屋、広い芝、大木などに囲まれている。


 そのため中央であっても他の校舎から距離がある。


 まだ夏の気温が残っているため、少し歩いただけで汗ばむ。しかも今日は雲一つない晴天。


 中央校舎前には大勢の学生がいた。


 ベンチに座ったり、芝生に座ったりして談笑する者達、ボール遊びをする者達、ダンスをする集団。


 私と豆田は中央校舎に入り、1階の会場部屋に入る。


 会場部屋はほんの少し雛壇型になっていて、すでに大勢の学生が座っている。私達は前でも後ろでもない、中途半端な真ん中あたりに座ることにした。


「おはよう。隣いいかな?」


 返事を待たずに瀬戸さんが隣に座ってきた。


「……うん。おはよう」


 瀬戸さんは所謂いわゆるイケてるグループの人。私達パンピーと別世界の人間。


 それがどうして隣に?


 そりゃあ、瀬戸さんとは最近仲良くなったし、Vtuber関係で相談にも乗ってくれた。

 が、だからといって学内でも仲良くするとは言い難い。


「他の……天野さん達は?」


 天野さんはステレオタイプの大学生で瀬戸さん達イケてるグループの中心人物。そして私と同じ高校出身でもある。ちなみに昔は芋だったがそれは秘密。


「皆、この講義取ってなかったのよ。良かった。知ってる人がいて」

「そうなんだ。でも、どうしてこの講義を?」


 社会学BはAを取っていなくても受講はできる。


 けれど一般教養の社会学はクソつまらないくせにレポートが多いことで有名。


 普通は取らない。


 ちなみに私と豆田は間違えて取ってしまった。

 履修取り消しを考えたが、豆田が「別にいいじゃん」ということで、そのまま履修に。


(あれ? そういえば人が多いような?)


 人が多いことに私は気付いた。


 不人気授業はすっからかんのはず。


「講師が変わったんだって」

「そうなの?」

「しかも若い講師。名前は涌井遥わくいはるかだって」

「へえ」

「来たよ」


 豆田が言う。


 大学にはチャイムがないため、時間と講師が教室に入ってきたら始まりとなる。


「男だよ? 学生じゃない?」

「でもスーツを着てるよ」


 教室に入ってきた男性は灰色のスーツを着ていた。


「それに学生にしては少し歳が上っぽくない?」


 確かに豆田の言う通り、学生には見えない。イケメンのリーマンだ。


「うーん。一般の人じゃない?」


 一般の人も特別に受講ができたりもする。


「一般教養の講義だよ?」

「確かに」


 そしてスーツを着た男性は壇上に上がる。

 それに学生達がざわつく。


 周りも「え? 講師?」、「男じゃん?」、「事務員だろ?」、「休講の知らせじゃね?」などなど。


 そしてスーツの男性は腕時計を見て、


「それでは講義を開始します」


 その言葉にざわめきは大きくなった。

 それもそうだろう。


 新しい講師『涌井遥』は女でなくイケメンの男だったのだから。


 男は落胆。女は黄色い悲鳴。


「皆さん、講義を始めますから声を落として」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る