第32話 真実相当性と悪魔の証明

「裁判になったら大変なんだよ」

「大変? 向こうが虚偽の記事を書いたなら普通に勝てるんじゃないの?」


 名誉毀損とか侮辱罪とかになるはず。


 しかし、涼子は否定するようにかぶりを振る。


「真実相当性っていうのがあるんだよ」

「真実相当性?」

「言葉通り、真実に相当するってこと」


 私が言葉の意味に悩んでいると美菜が、


「そもそも真実って何か分かる?」

「本当のことでしょ?」

「違うよ。真実は当事者にしか分からないことだよ……ね?」


 と、美菜は涼子に話を振って戻す。


「そう。そして事実はこと。もしくは第三者に明示されたこと」

「ええと……真実が当事者間、事実が第三者が知り得ることみたいな?」

「ん〜、そんな感じかな。イメージはそれでいいかな」


 涼子が苦笑いして答える。


「あれ? ということはさ、真実って、当事者間だから……真実相当性は第三者があれこれ言うのは間違いってこと?」

「逆」


 即否定された。


「逆?」

「真実に相当するなら良いってこと」

「近ければ良いってこと?」

「違うんだよね、これが」


 涼子は肩をすくめて、大きく頭を横に振る。


「真実だと思えるなら、だよ」

「え?」

「さっきも言った通り、真実なんて結局は当事者しか分からないことなんだから、一つの証拠や証言から真実らしく物語かたっても問題はないってこと」

「それってひどくない? 間違ったこともあるんでしょ?」


 間違ったことを吹聴すれば、それは罪だ。


「あるよ。でも、それの真偽を証明するのは訴えている側。そして証明は身をバラすことにもなるからなかなか言えないの」

「なら身をバラさない程度には」

「難しい。中途半端な証明はきついのよ。迂闊に否定すれば、一般人が邪推するようにマスコミが煽るし。それに相手の情報提供側の証言を否定することも難しい」

「難しいの?」


 違うと言えば済む話ではないということかな。


「例えば今回の星空みはりの大学の件。どうやって星空みはりがその某大学に通っていないってことを証明する?」

「ん〜。本人が違うって言うだけでは駄目なんだよね?」


 涼子は頷き、


「そう。それならやり方は一つ。その大学の全学生に証言させるの。自分はVtuberではないって」

「なにそれ!」


 全学生に証明なんて馬鹿げている。


「でも、そうすればその大学には星空みはりはいないってことになるでしょ?」

「そんなのって……」


 確かに証明にはなるけど。


「これを悪魔の証明っていうの」

「悪魔の証明……聞いたことある」


 確か『ある』ということを証明するのは簡単だけど、『ない』ということを証明するのは難しいということ。


 なぜなら、『ない』ということを証明するには関係するに『ない』ということを証明させなければいけないから。


「でも相手側の証言を──」

「無理。相手側が情報提供者を守るために秘匿するのよ」

「何それ? 無理じゃん。どう認否しろと」

「そういうこと。こっちは相手側の誰かともわからないリークした者を否定しないといけない。なら、やるからにはこっちが証明しないといけないの。だから裁判は難しいのよ」


 最後に涼子は溜め息をつく。


 こちらが情報を出し惜しみすれば中途半端で、相手側の情報提供者は不明ゆえに認否は難しい。


「ま、今回は道端ミャオと6期生が関わってるからなんとかなったけどね」


 話が終わり、それぞれジュースに手をつける。


 ちょっと空気が悪くなった気がする。

 私がきっかけだから何か話題を振らないと駄目かな。


 というか0期生の話だったはず。それが転がって今に当たる。

 なら話を元に戻して他の0期生について聞くべきかな。


「やっぱ知的なんとか学科に在籍してるだけあって法律は詳しいね」


 私が口を開く前に美菜が手を叩いて言う。


「知的財産研究学科だから。てか、別にそれで法に詳しいわけではないよ」

「確か弁理士とか目指す学科なんだよね?」


 私は涼子に聞く。


「まあね。まだ2年だから明確には決まってないけど」

「学部は工学部だよね? やっぱ男子多いの?」

「理系だからね。多いよ。でも、知的財産研究学科は女子が多いよ」

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