第57話 カラオケ②

「…………どうよ?」


 歌い終わって種咲は天野さんに勝ち誇った目を向ける。


「う、上手いわ」

「それだけ〜?」

「……何調子に乗ってるわけ」


 天野さんはフンッとそっぽを向く。


 そして次に桜庭の番がきた。

 桜庭の選曲は若者に流行りのK-popの曲だった。


「この曲、英語と韓国語のやつだけど大丈夫なの?」

「大丈夫。意味は分からないけど歌えるわ」

 言葉通り、桜庭はきちんと英語と韓国語を使って歌う。

「へえ。上手いじゃない」

「どうも。ほら、お次どうぞ」

 曲を歌い切った桜庭はマイクを天野さんに渡す。

「真打登場ね」

「それ自分で言う?」

 曲が流れ始め、天野さんは自信満々の笑みをする。

「この曲はアメリカン・カンフー・ジェネシスの『ポメラニアン』だね」

 男性メンバーで構成されるロックバンド、アメリカン・カンフー・ジェネシス。略してアメカン。

「あまり期待しない方がいいよ」

 と、瀬戸さんが苦笑しながら私に告げる。

「ちょっと!」

「ほら、始まるよ」


  ◯


 天野さんの歌声はお世辞にも上手とは言えないものだった。


「何よ。文句あるの?」

「……別にないよ」


 私は目を逸らして答える。


「てか、あんた達がうますぎなのよ。陰キャって、カラオケとか行かないんじゃないの? それに歌う曲ってアニソンでしょ?」


「まず陰キャではないし」と豆田が反論する。

「陽キャってほどでもないけどね」と桜庭。

「私は陰キャだけどアニソン好きってわけではないよ」と美菜がおずおずと言う。

「てか、陰キャ=アニオタってのは偏見じゃない?」と種咲が溜め息交じりに言う。

「それにアニソン歌ってるのってそっちでは?」と私は現在歌っている瀬戸さんを見て言う。


 今、瀬戸さんはアニソンの定番曲『残酷な悪魔のベーゼ』を歌っている。

 この曲はアニメを知らない一般人でも知っている曲で、私でもサビの部分は歌詞なしで歌えるくらい。


「定番曲は別に歌ってもいいじゃない。盛り上がるんだし」


  ◯


 そして2週目がきて、皆はそつなく歌う。

 ただ、天野さんは──。


『…………』


 普通よりやや下手レベル。


 今、歌っているのはバンプ・オブ・キッチンの『ただいまモネ』。


「文句ある?」


 歌い切った天野さんが皆に聞く。


「ないよ。次の私の番ね。マイク貸して」


 と、瀬戸さんが天野さんがマイクを受け取る。

 天野さんはオレンジジュースを一口飲んでから私達に聞く。


「てか、皆、歌うますぎ。なんかコツとかあるの? 何かあるなら教えてよ」


「小手先のテクニックとして母音を強調」と豆田がまず答えた。

「喉にチョップするとビブラートになるよ」と種咲が続いて言う。

「下手にビブラートするよりロングトーンを頑張れば?」と桜庭が勧める。

「笑顔で歌うと口角が上がるから高い音が出しやすいよ」と美菜は自身の口角を指して言う。

「歌う前にあったかいものを飲んで喉を温める。それと唇をブルブル震えさせる」と私は夏の合宿で教えてもらったことを話す。


「ちょっと待って。多すぎ。メモとるから」


 天野さんはスマホを取り出して、メモ機能で私達のアドバイスを書き込む。


 そして瀬戸さんが歌い終わり、


「……ねえ、私の歌、聞いてないよね?」

「聞いてるわよ。アニソン、うまかったよ」


 天野さんがスマホ画面に目を向けつつ感想を述べる。


「アニソンじゃないから!」

「今、頭に入れ込んでる最中だから静かに」


 天野さんは私達が教えたことを頭に入れようと真剣だった。


「そういう小手先の技術云々の前に声に合った曲を選びなよ」


 瀬戸さんが呆れたように言う。


「声に合った?」


 天野さんが顔を上げる。


「まず女性シンガーの歌。それと音程の落差が少ないこと。あとはロングトーンが取りやすいやつ」

「例えば誰の曲?」

「東野カナとか」

「まあ、あの人の曲は歌いやすいわよね。よし。次は東野カナを選ぼうかな」


 そう言って天野さんは入力機を操作する。

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