第10話 ビブラート
「ビブラートは分かりやすく言えば震え。東野カナの『会えなくて』で『会えなくて〜会えなくて〜悲しい〜』の歌詞の部分で『て〜』と『い〜』の伸ばす時に波を作るでしょ?」
「うん。あるね」
「これがビブラート。それでビブラートを出すには3つあってね、1つはお腹」
瀬戸さんは自身のお腹を指す。
「腹式呼吸って言うんだけどね──」
「それ知ってる。腹式呼吸だっけ。『あえいうえおあお、かけきくけこかこ』でしょ?」
前にテレビで見たことがある。腹式呼吸することで声がよく通るようになるとか。
「それは演劇……まあ、いっか。そうそれ。そして2つ目が喉。そして最後が口。この3つでビブラートを出すの」
「一度に3つも」
「違う違う違う」
瀬戸さんが手を振って否定する。
「普通に考えて無理だから。まあ、世の中は広いからね。探せば出来る人はいるのかもしれないけど」
「じゃあ、普通はその3つを使い分けるってこと?」
「そう。ここは腹式、ここは喉、ここは口ってね」
「どんな感じに?」
「それは分からない。そもそも私、腹式なんて名前は知ってもやり方とかは知らないし。せいぜい喉と口ぐらいよ」
そう言って瀬戸さんは肩を竦める。
「そうなんだ。で、喉と口でどうやってビブラートを?」
「喉は普通に『あああ〜』って震えさせるようにすればいいの」
「『あああ〜』……みたいな?」
「そうそう。口は下顎を小刻みに震えさすようにするの。『おぅおぅおぅ〜』みたいな感じ」
「『おぅおぅおぅ〜』……こんな感じ」
「おっ! 上手いじゃない。それじゃあ、いったん歌ってみよ。東野カナの『会いたくて』がやりやすいよ」
「うん。やってみるよ」
自信はないけど得意な歌だし、やってみよう。
「基本は伸ばすとこ。まずは喉のビブラートの方が良いよ。上手くビブラートができたら音程バーの上に波線が現れるから」
「口のはいいの?」
「初心者は難しいかも。一応、するなら口のビブラートは母音の『い』と『う』と『え』の時がおすすめ」
「分かった」
そして歌が始まった。
◯
点数は85点でビブラート3点、こぶし1点、しゃくり4点。
音程バーに波線も多かったが3点だったか。
「難しい」
「いきなり上手くはなれないよ。それができたら皆はアーティストよ」
「瀬戸さんはアーティストってどう考えている?」
「そりゃあ、歌が上手いよ」
「カラオケが上手くなればなれる?」
「なれないわね」
瀬戸さんは即答した。
「どうして?」
「相手の心に響かせないと」
それは竹原さんも言っていた。
「心に響かせるにはどうすればいい?」
「知らない」
これまたあっさりと言われた。
「瀬戸さんでも知らないか」
「当たり前でしょ。私はアーティストでもプロの歌手でもないんだから。むしろメメちゃんに聞けば?」
「メメに? でも、あの子はアイドルよ」
「だから歌ってるじゃない?」
「アイドルって歌上手?」
「え!? 偏見だよ」
「いや、そうじゃないの。ただ、マネージャーがアイドル少し下手な方がファンがつきやすいとか、少しづつ上手くなれば良いとか言ってたから」
「何それ? そのマネージャーはミーハーかオタクなわけ? アイドルだって上手くなければ駄目でしょ。センターを取るのって大変なんだから。人気でセンターをとってるわけではないんだよ」
瀬戸さんが急に熱く語り始めた。
「一回メメちゃんの歌を聴いてみたら。すんごい
「うん。帰ったら聴いてみるよ」
「オススメはね、『ニャンニャン天気予報』、『パワフル・ラブリーマシーン』、『ミラクル・ポッピン・テラフォーミング』、『幻想サジタリウス組曲』、あとはクズの極地の『さよならベイビー、レベッカ』だよ」
「多い、多い」
なんでオススメなのに5つもあるのよ。
「クズの極地の『さよならベイビー、レベッカ』ってどういうこと?」
「カバー曲よ」
「そのカバー曲って、確かバンドボーカルが不倫相手のレベッカに向けて歌った炎上曲よね」
配信・発売されてからすぐに不倫がバレて、その曲が不倫相手を想って歌ったものと判明してネットで大炎上したのだ。
「確かに生まれは汚いけど、曲に罪はないわ。それに本当に良い曲なんだから」
「で、妹が歌ってPVはどれくらいなの?」
「数で判断してはダメよ」
(低いんだな)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます