第4話 アイドルとは

 廊下の突き当たりを曲がった先は広いブースだった。自販機や、テーブルに椅子がある。

「そちらへ」と私は福原さんの指し示す椅子に座る。


 佳奈は車椅子の女性に挨拶をしていた。


 そして私に気づくと、「お姉ちゃん、ちょっとこっち」と椅子に座ろうと腰を落としかけていた私を手招きする。


 私は佳奈のもとに近寄る。


「お姉ちゃん、紹介するね。この人は0期生の明日空ルナさん」


 そして次にそのルナさんに、


「私の姉の宮下千鶴こと赤羽メメ・オルタです」

「よろしくお願いします」


 私は頭を下げた。

 0期生ってことは星空みはりさんクラスの大先輩ということかな。


「……貴女がオルタ。……そう」


 ルナさんは私を上から下へと何かを探るように見つめてくる。


「本当に普通の人なのね」


 それは褒めているのだろうか? それとも貶しているのか?

 まあ車椅子に比べたら普通ですよね。


 ん? 車椅子?


「私は明日空ルナ。本名は駒沢夏希。よろしくね」


 とルナさんが手を差しだすので、私も手を差し向けて握手する。


「それじゃあ」


 そしてルナさんはスーツ姿の女性のいるところへ向かう。


 ちょっと淡白な挨拶だったが、こちらも予定があるのだから致し方ない。


 私はここで佳奈に「あの人、車椅子なの?」と聞きたいがそれは堪えた。

 相手に聞かれたら失礼だしね。


 私は元の席に戻り、カバンからファイルを取り出す。


「はいこれ」


 そして次にボストンバッグを渡す。


「ごめんね。お姉ちゃん」


「気をつけてね」と佳奈に言い、次に福原さんに向き直り、「で、話ってなんですか?」と聞いた。


「メメさんやみはりさんから話は聞いております」


 福原さんは不敵な笑みを浮かべて胸ポケットから1枚のチケット取り出す。


「そ、それは!」

「はい。ペイベックス諏訪音楽フェスのチケットです」

「くれるんですか?」


 テンション高くなった私は期待を込めて聞く。


「もちろんタダではあげません」

「ですよねー」


 急にテンションが下がったわ。


「歌えと?」

「察しが良くて助かります」


 そりゃあ、妹と星空みはり先輩から聞いたとなると何を求めているのか簡単に予測はつく。


「私、歌は下手ですし踊れません。そもそも私は赤羽メメのオルタとして御社でVtuberをしているだけですので」


 硬いガードを作って、拒否を示す。

 これでイケると思ったのだが福原さんは笑みを崩さない。


(なんだ?)


「千鶴さん、御社でVtuberと言いましたね」

「ええ」

「御社はアイドルVtuberとして赤羽メメをデビューさせました。なら、貴女もアイドルということですよね」


 ああ! そうだった!


「で、でも、今まで歌えなんて言われなかったですし。ゲーム実況で問題はないはず」

「ええ。もちろん」

「なら──」

「でも、我が社では大型イベントを定期的に開催しているのです」

「大型イベント……この前のハリカー大会みたいな」

「それに似たものです」

「……それは?」


 嫌な予感しかない。


「ライブです」


 やっぱりか。


「ライブと言うことは……歌でよね?」

「はい。このイベントには全Vtuberが強制参加となっております。もちろん、お姉さんも対象です」

「…………」

「次のライブはサマーフェスティバル。通称サマフェスですね。サマフェスにはライブ以外にも様々な企画があり、Vtuberの方々にはそれらにも参加してもらっております」

「えーと、私はライブ以外企画担当とか」

「駄目です」


 やんわりとだが、そこにははっきりとした否定が含まれている。


「ご安心ください。多少音痴でも構わないのですよ」

「音痴は駄目でしょう。アイドルなのに歌が下手って駄目じゃん」

「お姉さんはアイドルとアーティストの区別をご存知で?」

「アイドルは歌って踊るもので、アーティストは歌をメインにしたもの……ですよね?」

「まあおおむねはそのような解釈で構いませんが、アーティストは技術でアイドルは媚びなのです」

「それ偏見ではありませんか? というか周りにバレたら反感くらいますよ」

「いいえ。これは至極真っ当なことなのです」


 アイドルが媚びと言ってるのが真っ当とは恐れ入るのだが……本当に大丈夫なの?


「80年代のアイドルをご存知で?」

「知りません」


 その時代なんて親が子供の頃の話だ。


「その頃は歌が上手いとアイドルとしては駄目だったのです。もちろん中には上手な人もいました。でも本物のアイドルは下手でないと駄目だったのです。歌が上手すぎるとファンは集まりません。上手な歌はアーティストの仕事です。アイドルファンはアイドルを応援したいからこそ集まるのです。そしてアイドルが少しずつ上手になるファンも喜ぶのです。ああ、成長したなと。その時、ファンは一つになるのです」


 福原さんがいつにもなく力説している。一緒に聞いている妹もキョトンとして置物化している。

 私はというと「はあ」と相槌を打つだけだった。


「つまり、ファンに支えられてこそアイドルは成り立つのです!」


 私には歌が下手でファンが増えるというのは理解しにくい話だった。

 普通は歌が上手だからファンが増えるはず。

 歌が下手なアイドルを応援したいなんて存在するのだろうか。


「今、『歌が下手なアイドルを本当に応援したいのか?』なんて考えてませんか?」

「いえいえ」


(怖い! 心を読まれた?)


「ブスなら無理でしょう。でもアイドルは可愛いのです。ですから皆は応援したがるのですよ。可愛い子を応援したい。それは至極当然の摂理。そしてアイドルはその声援に応えなくてはならないのです」


 そう言って福原さんは握り拳を作る。


「それが媚びですか?」

「ええ、そうです。お姉さんも分かってきましたね。嬉しいです」


 いえ、全然わかりません。そんな同志を見つけたような目を向けないでください。


「ええと、昔はどうかは知りませんが、やはり歌は……NGだと思います。急に歌やダンスは私には難しいです。ペイベックスVtuber全員が出るライブなのでしょう?」

「ええ」

「皆の足を引っ張りたくはありません。それに万全な状態でないと分かっててライブ出演となるとファンにも、そして真摯しんしに活動しているアイドルにも迷惑ですよ。というか……正直、私が歌うとファンは離れると思います」

「お姉さんは頑固ですね」

「お姉ちゃん……」


 え? なに? 私が悪いみたいな空気は。


「分かりました」

「分かってくれましたか。良かっ……」

「まずはお姉さんのダンスと歌唱力がどれくらいのものなのか調べてみましょう」

「は?」

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