三十九 妊娠 未来のあるべき世界へ

 理恵は省吾に頬ずりしてお腹をさすった。妊娠を自覚している。

「私と子どもたちも、こうしてると気持ちいい。おちつく。

 先生はもうすぐ平熱にもどるよ」

「受精して、まだ三日だぞ。理恵は子どもの意識がわかるのか?」

「子どもの精神の基礎は、卵子と精子の分子記憶にあるの。子どもたちが安全に暮せるよう、早く国家連邦へ進む方法を考えなきゃね」

「うん」

 狙撃に失敗したクラリックは、鳶を使い思念波攻撃した。マリオンたちがいるのがわかったはずだから、もう大型の鳥の攻撃はないだろう・・・。

 うわっ!マリオンの存在が知られた!理恵とマリオンたちが攻撃されるぞ!


「だいじょうぶ。気づかれてないよ」

 理恵は省吾の頬に唇を触れた。マリオンが説明する。

「烏は縄張りに侵入した鳥を攻撃する。

 今回、クラリックの鳶が縄張りに入ったから、私たちが烏にまぎれてバイオロイドを破壊した。あの森の烏は本物が多い。私たちに教育され、進化した本物の烏が・・・」


 マリオンの説明によれば、クラリック階級は縦社会だ。下位系列は上位系列が指示しないかぎり連絡しない。

 鳶に乗り移ったクラリック系列は事前に烏の攻撃を認識していた。上位系列に救助を求めれば、事前情報に対処しなかった責任を問われ、下位系列へ転落される。それを恐れ、系列は烏の攻撃から単独脱出を試み、マリオンたちの攻撃で鳶のバイオロイドは破壊した。

 破壊時点で、系列から上位への連絡も、上位からの指示もなく、他のクラリックに知られていない。


「鳶の系列が事前に下位系列へ指示してる可能性は?」

「ないよ。課せられた任務を下位へまわすことも、任務を果たさず上位に助力を求めることも責任回避で、クラリックの名誉を傷つける最も恥ずべき行為なの。

 だから、他のクラリックに知らせていない。安心して国家連邦へのシナリオを書いていいよ。

 その前に、

『クラリックが作った新たな亜空間通路も含め、このパソコンの空間に通じる、クラリックの亜空間をすべて閉じろ』

 と日記に書いてね」


「わかった。書くよ!」

 省吾は理恵を抱きしめている腕を解いた。理恵の熱さと芳しい香りを感じながら、タブレットパソコンを起動した。

 責任と名誉か、妙な縦社会だ・・・。

 そう思いながら、省吾はタブレットパソコンの日記を書いた。


『クラリックが使う亜空間と亜空間路をすべて閉鎖し、我々の時空間にクラリックの亜空間転移ターミナルを存在させるな。クラリックの思念波攻撃を防げ。同時にすべての攻撃から理恵と子どもたちと俺を守れ・・・』



 鈍い音がして、交換した窓の周囲から、黒い窓枠に似た物が消えていった。

「窓が通路だったのか?」

「窓枠のまわりが、亜空間からこっちに開かれた長方形の巨大トンネルだったんだよ」

「TONO建設が仕組んだのか?」

「彼らじゃないよ。窓の交換時、クラリックが窓枠の時空間に亜空間転移ターミナルをセットしたんだ」


「プロミドンの防御エネルギーフィールドは機能しなかったのか?」

「狙撃された時にタブレットパソコンを落としたショックで、プロミドンのシールドに間隙ができてたらしい。でも、今の指示で再稼働した」とマリオン。


「亜空間側はすべて閉じたのか?」

「閉じたよ。もう心配ないよ」

「クラリックは空間の消滅に気づかないか?」

「気づかないよ。安心して書いていいよ」

「わかった。書くぞ!」


『未来のあるべき世界』へ進むまでに、まだ何かが起こりそうだ・・・。

 理恵はそう思い、マリオンとともに省吾に伝える。

『クラリックが動いてる。気をつけろ』

『わかったよ・・・』


 東南アジア・オセアニア経済圏協定を結んでいる東南アジア諸国とオセアニア諸国が、先進諸国と同等以上の経済力を持てば、東南アジア・オセアニア経済圏の発言力が増す。

 軍隊を味方にした新たな経済思想に基づく直接民主制の連邦政府を、東南アジア諸国とオセアニア諸国に樹立する。

 東南アジア・オセアニア経済圏内に連邦国家を創れば、民主化が世界へ波及する・・・。

 省吾は日記を書いた。


『大国を枢軸にしない新たな協力体制が強まり、アジア連邦とオセアニア連邦が成立する』

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