六 皇帝テレス
グリーゼ歴、二八一五年、十一月十六日、十五時。
オリオン渦状腕外縁部、テレス星団テレス星系、惑星テスロン。
首都テスログラン、テレス帝国政府テレス宮殿。
「アシュロンのアシュロン商会支部を再建したのか?」
謁見の間で、皇帝テレスは側近のカッツーム・ロドス侍従長に訊いた。
「はい、陛下」
ロドス侍従長は深々と頭を御辞儀した。
「政策は変更した!
あれほど、惑星ユングに手出しするなと命じたのに、なんてことだ!」
怒りから皇帝はパラダピーコックの扇を、力任せに何度も椅子に叩きつけた。
スパンコールのように光を乱反射する羽が無惨に飛びちって、玉座の周囲にキラキラと舞った。
「いかがいたしましょう。陛下」
馬鹿な娘を持つと親は苦労する。為政者とて同じだ・・・。
台所に主義主張の異なる主婦が二人いたら家族は苦労する・・・。
ロドス侍従長は皇帝テレスの怒りを理解していた。
「今すぐ、クリステナをここに呼べっ!」
ふたたび皇帝は扇を椅子に叩きつけた。羽が千切れた扇は羽軸しか残っていない。
「急いで皇女をここにに連れてこい!」
ロドス侍従長は皇女の側近にスカウター端末で指示して、謁見の間に控えている親衛隊長に、皇女を連れてくるよう命じた。
「わかりました」
親衛隊長アヒム・コドムは謁見の間を退室した。
皇帝陛下は皇女を罪人と見なしている・・・。
謁見の間を出るとコドムは親衛隊員に、皇女連行を指示して通路の壁に大声を発した。
「ヴィークル!」
通路の壁から中型エアーヴィークルを現われてコドムの前に停止した。
コドムは親衛隊員を乗せて、その場から中央通路を南へ走り、西の皇帝の翼へと右へ曲がった。
バトルスーツとバトルアーマーに身を包んだ皇女クリステナは、西の皇帝の翼の執務室を勢いよく突き進んでドアへ歩いた。
側近のチャカム・オラール侍従は皇女の後を追った。
「クリステナ様!私も参ります!」
執務室のドアが左右にスライドして、皇女はさっそうと歩いた。そのあとをオラール侍従がセカセカ小走りしているが前進しない。小走りのような妙な足取りを見て、執務室を警護する親衛隊員が苦笑いしている。
「ヴィークル!」
皇女が一声発した。通路の壁が左右にスライドして、小型エアーヴィークルが出てきた。
皇女はヴィークルに搭乗して、オラールに叫んだ。
「早く乗れ!置いてゆくぞ!」
オラール侍従が飛び乗るとエアーヴィークルはいっきに加速して通路を飛行した。
途中、親衛隊長コドムが乗るエアーヴィークルとすれ違った。
皇女は、親衛隊長が皇女を連行するために飛行してきたのを感じたが、無視して通路を左に曲がって、いっきに中央通路を謁見の間へ飛行し、そのまま、
「ドアを開けろっ!」
謁見の間へヴィークルを乗りつけた。
「なんの真似です!」
皇女に向って皇帝は玉座から大声を発した。謁見の間にヴィークルを乗りつけるなど、これまで誰一人としてした事がない。皇女の小形エアーヴィークルに、二十丁の、親衛隊のレーザービームの銃口が向いている。
「私を呼んだのだろう?何の用だ?」
皇女は親衛隊のレーザービーム銃を無視し、親衛隊員数名をなぎ倒して、小型エアーヴィークルを方向転換させた。
「待ちなさい!」
「用があるなら、さっさと言え!」
エアーヴィークルは浮上したまま、皇女はその場から去ろうとしている。
「なぜ、アシュロン商会支部を再建したのです?」
皇帝は皇女を凝視した。
「帝国軍が商会を再建するのは当初の計画だろう?
今さらそれをなぜ変える。
麻薬売人を炙り出せないぞ!」
軽蔑するように言って、皇女はヴィークルのコントロールパネルを見て、ヴィークルを発進しようとした。
「計画は変更したでしょう?」
「賛成した憶えはない!」
皇女が顔を上げた。皇帝を睨んでいる。
「アシュロン商会に手出しはなりません。これは皇帝命令です!」
「笑わせるな!政策を立案して実行するのは私だ!
引退したあんたじゃない!
これ以上言わせるな!」
皇女はヴィークルのコントロールパネルに視線を戻して、ヴィークルを浮上させた。
「撃てっ!」
皇帝の一声で、親衛隊のレーザービームが小型エアーヴィークルの駆動部を貫いた。浮上したヴィークルは後部からフロアに落下した。
エアーヴィークルは小型のジェットボートのような形をしている。キャノピーはあるが閉じて使用する者はめったにいない。
ヴィークルが落下した反動で、皇女は開いたままのキャノピーを跳びこえてフロアに転げおちた。
「シールド捕獲しろ!幽閉しろ!」
皇帝の命令で、皇女は親衛隊の放った球状シールド内に捕獲された。
「何をする?こいつといっしょにするな!」
シールド内にオラール侍従もいる。
「皇女を説得できなかった側近の責任は重大です。
あなた同様、チャカム・オラールにも、それなりの責任を取ってもらいます」
玉座から皇帝が冷やかにそう言った。
謁見の間のドアが開いて、シールド捕獲牽引ロボットが現れた。
球状シールドに牽引ビームを放って、ロボット後部の荷台に捕獲シールドを乗せ、向きを変えてドアへ移動した。
「何をする?私は皇帝ホイヘウスの娘だっ!
そいつはレプリカンだ。皇帝には成れない!
皇帝は私だぞっ!」
シールド内から皇女が喚いた。
シールド捕獲牽引ロボットは皇女の喚きとともに、謁見の間から中央通路へ出た。
「皇女を執務室に閉じこめなさい。念のためにいっさいの通信を遮断しなさい」
皇帝は直接、親衛隊長コドムに命じた。皇女は西の皇帝の翼を拠点に活動している。
「わかりました。
執務室全ての通信システムをダウンして、全ファイルを消去します。
それでよろしいですか。陛下?」
コドムは皇帝の前に片膝ついた。
「情報収集防衛システムはそれでいいでしょう。
執務室をシールド分離して皇女を外へ出さぬようにしなさい。
〈ウィング〉のスキップアクセスコードは、私が変えます。
皇女の政策に関与した者たち全員を逮捕して、裁判にかけなさい」
皇帝は冷静にそう命じた。
「わかりました」
コドムは深々と御辞儀して謁見の間を出た。
「皇女の執務室をシールド分離して、皇女を執務室に幽閉しろ!
皇女の情報収集防衛システムを全てダウンして、ファイルは全て消去だ!
皇女の政策に関与した者を全員逮捕しろ!」
中央通路へ出たコドムは親衛隊員にそう指示した。謁見の間を警護する親衛隊は精鋭だ。あらゆる事に長けている。
「陛下が〈ウィング〉の時空間スキップドライブのアクセスコードを変えた。
皇女は移動できない」
コドムは目の前を移動してゆくシールド捕獲牽引ロボットを示した。
「〈ウィング〉を皇帝の翼から分離します。
ただちに関係者を逮捕指示します」
親衛隊員はそう言って、スカウター端末で親衛隊に指示した。
皇帝と皇女の執務室は飛行体〈ウィング〉だ。
非常事態に応じて、東西の皇帝の翼から分離離脱できるように作られている。
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